定年後の読書『アルケミスト―夢を旅した少年-』パウロ コエーリョ(著)賢者と出会い夢を追い続ける道へ

最終更新日:2017年10月6日

パウロ・コエーリョの小説「アルケミスト―夢を旅した少年」は、ラテンアメリカ文学の名作です。

日本でラテンアメリカ文学と言えばスペイン語圏の文学と受け取られがちですが、この作品はポルトガル語で書かれました。

1.ブラジルが生んだ世界的ベストセラー

ブラジル人の小説家で作詞家としても活躍していたパウロ・コエーリョは、1988年に出版した「アルケミスト―夢を旅した少年」で一躍有名になりました。

この作品はブラジル国内で大ヒットを記録しただけでなく世界38ヶ国語に翻訳され、1997年に出版された日本語訳は現在も売れ続けています。

ポルトガル語文学は本国ポルトガルの作家を含め、それまで世界的ベストセラーと言える著作が決して多くはありませんでした。

中南米は大半がスペインの植民地だったため現在でもスペイン語を公用語とする国が多い中で、ポルトガル植民地だった過去を持つブラジルだけは公用語がポルトガル語です。

スペインの文豪セルバンテスを筆頭に、ボルヘスやガルシア=マルケスといった南米の作家も含めてスペイン語文学は世界に大きな影響を与えてきました。

スペイン語文学に比べて劣勢だったポルトガル語文学の中で、「アルケミスト―夢を旅した少年」は異例とも言える世界的ベストセラーを記録した作品です。

2.夢を追い続ける少年の物語

それまで広く知られていなかったブラジル人作家の小説が世界の人々に読まれたのは、「アルケミスト―夢を旅した少年」が国境や民族の壁を越えて人々の心に響く物語だったからにほかなりません。

主人公は羊飼いをしていたサンチャゴという少年ですが、彼は夢枕に立った子供から不思議な言葉を告げられます。

それはエジプトのピラミッドに行けば隠された宝物が見つかるというお告げでした。

少年は夢のお告げを信じ、大切にしていた羊をすべて売り払ってエジプトに向かう旅に出ます。

途中で盗賊に騙されて一文無しになりクリスタル商人の店で働いたり、錬金術師を目指すイギリス人と出会ったりしながら少年の旅は続きます。

タイトルにある「アルケミスト」とは錬金術師のことで、作中でも登場する高名な錬金術師は主人公に貴重な人生訓を授ける人物として重要な存在です。

主人公の少年はひたすら夢を追い求める旅を続け、いろいろな人と出会いながら成長していきます。

3.ちりばめられた名言の数々

「アルケミスト―夢を旅した少年」の持つ一番の魅力と言えば、宝石のようにちりばめられた名言の数々を味わいながら読めることです。

「時がたつうちに、不思議な力が、自分の運命を実現することは不可能だと、彼らに思い込ませ始めるのだ」といった言葉は、過去に自分の夢を諦めた人にとっては重い意味を持ちます。

人生の寓話としても読めるこの作品には、登場人物の言葉を通して夢と人生に関する作者の深い思索が語られています。

主人公の少年は旅の先々で出会った人たちから夢を後押ししてくれるような言葉をかけられ、旅を続ける勇気を得るのです。

「傷つくことを恐れることは、実際に傷つくよりもつらいものだ」という錬金術師の言葉も含め、「アルケミスト―夢を旅した少年」を読めば日本人の心にも響くような名フレーズと数多く出会えます。

4.仕事を放棄し放浪の旅へ

主人公の少年サンチャゴには、どこか作者のパウロ・コエーリョの面影が見え隠れしています。

サンチャゴは仕事の内容を知り尽くした羊飼いの役目を捨て、ピラミッドに隠された秘宝を探しに行くという夢に人生を賭けようとします。

作者もまた人生の半ばで作詞家としての安定した仕事を放棄し、世界放浪の旅に出かけたという過去がありました。

パウロ・コエーリョの追い求めていた夢は、旅から帰国後に小説家として歩み始めた彼の活動に示されています。

スペイン巡礼の旅の体験に基づいたデビュー作「星の巡礼」はそれほど売れませんでしたが、第二作の「アルケミスト―夢を旅した少年」では大成功を収めました。

実体験を下敷きにした自伝的小説よりも、少年を主人公に設定した寓話的作品の方が言語の壁を越えやすかったのです。

以後も多くの小説を発表してきたパウロ・コエーリョは、それまでの功績が認められて2007年のアンデルセン文学賞を受賞しました。

5.人生半ばを過ぎた人にも示唆

書店には数多くのビジネス書や自己啓発本が並び、次々と新刊が出版されて店頭に並ぶ本の顔ぶれもその都度入れ替わっていきます。

ビジネス・ノウハウや人生訓を手っ取り早く得られるそうした書籍が売れる背景は、古典的名著を読む人が少なくなっている読書事情とも無関係ではありません。

歴史に残る古典名著も名言や人生訓の宝庫ですが、それらは現代人にとって必ずしも読みやすい本とは言えないものです。

1988年に書かれた「アルケミスト―夢を旅した少年」は比較的新しい小説で、訳文も読みやすく工夫されています。

夢をキーワードに人生の寓話を繰り広げたこの作品には、迷える人々の背中を押してくれるような言葉が隠されています。

少年を主人公としたファンタジーのような形で表現されていても、この作品は若い人ばかりでなく人生半ばを過ぎたシニア世代の人にとっても重要な示唆に富んだ名作です。

大人の心に眠っていた夢見る少年少女の部分を呼び覚ましてくれる点に、「アルケミスト―夢を旅した少年」の普遍的価値があります。

第二の人生を踏み出すきっかけとして「アルケミスト―夢を旅した少年」を読む

人生に対して夢を持ち続けるべきか、それとも現実と妥協して生きるべきか、といった問題はどの国民や民族にも共通する永遠のテーマです。

「アルケミスト―夢を旅した少年」の主人公は賢者との出会いを経て、夢を追い続ける道を選びます。

この本を読めば人生に対する考え方が変わり、第二の人生を踏み出すきっかけにもなります。