定年後に読みたい!『その日のまえに 』重松 清(著)で生と死の意味に正面から向き合う

最終更新日:2017年9月25日

読み手の心に響くストーリーで人気の作家・重松清は、小中学生からシニア世代まで幅広い年齢層の人に愛読されてきました。

中でも「その日のまえに」は、身近な人の死という重いテーマに正面から取り組んだ傑作です。

1.涙なしに読めない物語

2005年に出版された「その日のまえに」は連作短編形式で書かれた作品集で、発売直後から大きな反響を呼んだ1冊です。

「涙なしには読めない物語」として話題を集め、これまでに映画やテレビドラマの原作にも採用されてきました。

この作品集に収録されているのは、「ひこうき雲」「朝日のあたる家」「潮騒」「ヒア・カムズ・ザ・サン」「その日のまえに」「その日」「その日のあとで」の7編です。

いずれも2004年から翌年にかけて別冊文藝春秋に掲載された後、作者が原稿に手を加えて連作短編集として1冊にまとめられた経緯があります。

1編1編は独立した短編としての体裁を取っていますが、身近な人の死をどう受け止めるかというテーマは共通しています。

2.七編から成る連作短編集

「その日のまえに」に収録された7編のうち、前半の4編は独立した短編としての色彩が濃い作品群です。

「ひこうき雲」は小学生時代に同級生の少女が病気で亡くなった体験を持つ男性が主人公で、「朝日のあたる家」で主人公を務める女性教師も夫を不慮の事故で亡くしています。

「潮騒」はがんで余命3ヵ月と宣告された40代の男性が、少年時代に海難事故で失った友人を同級生とともに偲ぶ話です。

母一人子一人の家庭で育った15歳の少年が登場する「ヒア・カムズ・ザ・サン」では、母の病気を知って動揺する主人公の姿が描かれます。

「その日のまえに」から「その日のあとで」へと続く後半の3編は、妻ががんを患う夫を主人公とする一続きの物語です。

この後半3編には前半の4編に登場した人物も次々と関わり、全7編が最終的に1つの物語として統合される連作の構成が取られています。

後半3編で描かれる家族の物語を軸として、身近な人の死というテーマが重層的に描かれていくのです。

3.困難なテーマに正面から挑む

大切な人の死を題材とする小説は古くから数多く書かれてきましたが、死は取り扱いの難しいテーマでもあります。

人の死を軽々しく取り上げたような小説は品性が疑われかねないため、心ある作家の多くは死を慎重に取り扱ってきました。

人の死をストーリーのスパイスとして取り入れた小説も少なくない中で、「その日のまえに」は死そのものを小説のテーマに選んで正面からがっぷり四つに取り組んだ力作です。

作中に登場する主人公たちはそれぞれ大切な人や身近な人の死を前に怯えたり苦しんだり涙を流したりしますが、そうした反応も人間として当然のことだと言えます。

ありふれた小説とこの作品集が大きな違いは、そこから一歩進めて主人公たちが救いを見出す点にあります。

前半4編は独立した短編としても読めますが、後半3編の中で語られる後日談に彼らの見つけた救いが仄めかされているのです。

後半3編はこの作品集で最も重要な役割を果たしており、大切な人の死という悲劇を前にした家族の葛藤を経た後、悲劇を乗り越えつつある彼らの姿までが感動的に描かれています。

4.登場人物に寄り添う作者の視線

作者の重松清は出版業界から転身して小説家となり、2000年には「ビタミンF」で第124回直木賞を受賞しました。

受賞後も精力的に作品を発表し続け、「流星ワゴン」「青い鳥」など映像化された作品も少なくありません。

「エイジ」「きよしこ」「きみの友だち」など少年少女の世界を描いた作品も多く手がけており、読書感想文の対象にも重松作品はよく選ばれています。

そうした作品の多くが連作短編形式を採用していることでもわかるように、重松清は緩いつながりを持った短編小説の名手です。

どの作品も主人公や登場人物に寄り添うような視線で書かれている点が作風の特徴となっており、弱さを持つ人間への温かく優しいまなざしが爽やかな読後感を約束してくれます。

そんな作者の作風は「その日のまえに」でも遺憾なく発揮されていますので、身近な人の死という重いテーマを追求した作品でも安心して読み進められるのです。

5.生と死の意味を問う物語

人気作家・重松清の作品だけに、発表から10年以上経った今も「その日のまえに」は新刊で文庫本を容易に入手できます。

作者のファンはもちろん、これまで重松作品を読んだことがない人でもこの作品は読む価値があります。

身近な人の死ばかりでなく自身が病気になったり事故に遭ったりする場合も含め、死を身近に感じる機会は決して少なくはありません。

そんなときにどう振る舞うべきか、死をどう受け止めたらいいのか、といった問題に対する答えは1人1人異なるものです。

過去にそうした不幸や病気・怪我を経験した人もそうでない人も、「その日のまえに」を読むことで生と死の意味を考えるきっかけとなります。

作者のファンの間では号泣必至の物語として、何度読んでも感動できると言われるほどこの作品集が愛読されています。

これらの物語を入口に重松作品の魅力を知り、他の作品も読むようになったという人も少なくないものです。

身近な人の死を経験したとき「その日のまえに」が心を癒やす

「その日のまえに」に綴られている物語の受け止め方は、読み手がこれまで経験してきた人生によっても違ってきます。

特に身近な人の死を経験した人には、そうでない人よりも強い共感をもってこれらの物語が受け止められてきました。

大切な人の死に打ちひしがれていた人が、この作品集を読んで勇気づけられたという例も多いものです。