作者のロバート・A. ハインラインは、20世紀を代表するアメリカのSF作家です。
この作品「夏への扉」はSFの古典的名作として名高く、SF雑誌の特集で読者が選ぶオールタイムベストとしてしばしば一位に選出されています。
主人公の飼い猫が、「夏への扉」を探すという象徴的な描写が、タイトルの由来になっています。
1.SF小説として
作者のハインラインは、この小説の他にも驚くほど多数の著作があります。
かなりハードな展開の作品もあり、この「夏への扉」はその中でも異彩をはなっています。
あまりSF的ではないという点においてです。
SFとしての道具立ては、作品発表当時(1950年代)としてもありきたりのものでした。
何といっても、タイムパラドックスが物語の根幹ですから、これはまさに古典的です。
主人公の青年は、エンジニアという設定です。
しかし、彼が作るのはSF小説によくある未来世界のガジェットではありません。
何のことはない家庭用のお手伝いロボットとでも言うべきものを彼は発明します。
また、物語の後半では、現在のCADのような製図用のマシンを発明します。
SF小説に登場する発明品としては、いかにも地味なものです。
よく言えば、不思議なリアリティーがあります。
作中に登場するお掃除ロボットというものが、現在、実際に販売されています。
自動的に動いて、床掃除をしてくれるというロボットです。
現在、各家庭にパソコンは当たり前のようにあります。
ワープロも表計算ソフトも普通に使われているわけです。
同じ作者の「宇宙の戦士」では、宇宙人とパワードスーツの地球軍との戦争が描かれており、これと比較してもらえると、この作品の地味さは明らかです。
主人公が未来の世界へ送られるという点を除けば、あまりSF的な部分はない作品と言えます。
これは、宇宙人やUFOが出てくる小説は嫌だという人には、逆に魅力でしょう。
2.復讐譚として
物語の王道として、復讐というのは重要なテーマです。
やはり、人間の情念に訴えるからでしょう。
日本でも忠臣蔵とか、仇討ものは今でも人気です。
この「夏への扉」でも、そもそもの物語のはじまりは主人公が手ひどい裏切りにあうところからです。
エンジニアとしては有能だが、世間知らずという主人公の青年は、親友とともに会社を興して成功します。
それは、客観的にはささやかな成功でしたが、主人公の未来はまさにバラ色に見えました。
何だか、一昔前のシリコンバレーのお話のようです。
そこへ、かなりお約束の展開なのですが、魔性の女が登場します。
彼女はもちろん大人の魅力あふれるセクシー系の美女で、しかも仕事でも極めて有能という存在です。
主人公は、その魅力に一発でやられてしまうわけです。
そして、やはりお約束の展開として、主人公はその魔性の女に身ぐるみはがされてしまいます。
親友もその女に篭絡されて、主人公を裏切ります。
「夏への扉」というタイトルは、主人公の飼い猫が、冬の寒い日に暖かな夏へと続いている扉を探し続けるという象徴的なエピソードからきています。
裏切られ、打ちひしがれた主人公が、彼にとっての「夏への扉」を探すというのが、この物語全体のモチーフになっています。
ネタパレを避けて解説しますと、主人公のこの魔性の女への復讐は簡単に成功してしまいます。
気づいたら、この魔性の女は驚くほど無残な末路をたどっているのです。
その描写は作者の女性への嫌悪を感じさせるほどです。
作者のハインラインはきっと若いころに女性関係でひどい目にあったのだろうと思わせるものがあります。
そして、何故この魔性の女が没落したのか、何か見えない力が働いたと思わせるところが、この作品の構成の妙です。
3.恋愛小説として
SF小説と恋愛小説は、元来あまり共通性のないものでしょう。
しかし、この「夏への扉」という作品の本質は、実は恋愛小説だと言ってよいでしょう。
同時に、この作品への評価を微妙なものにしているのもその点です。
こう言うと、偏狭な心の狭いSFマニアが恋愛ものを嫌悪していると思われるかもしれません。
そういう要素も確かにあります。
問題は、この作品の真のヒロインにあります。
ヒロインと言っても、彼女はあまり活躍しません。
そもそも主人公と恋愛関係にあるかどうかも怪しいのです。
その登場自体が、なんだか取ってつけたようでもあります。
彼女は、主人公の血のつながらない親族です。
そして、まだいたいけな少女です。
このあたりで猛烈な非難を浴びるかもしれませんが、主人公は決してロリコン趣味というわけではありません。
主人公は自分を慕ってくれる少女と遠い未来で再会することを約束します。
大人になったら結婚しようというわけです。
この部分にもこの作品の構成の妙があります。
恋と時間の関係が重要なモチーフになっています。
何といっても、大人のそれもセクシー系の美女に裏切られた後で、この少女との恋のエピソードが来てしまいます。
大人相手にひどい目にあったから、ロリコンに走ったというような非難をされてしまうのも無理はありません。
よく言えば、源氏物語に描かれた無垢な少女を理想の女性に仕立て上げるというストーリーがあるわけです。
SF小説でも恋愛小説でもない「夏への扉」を読んでみよう
率直に言って、実はこの作品は、プロのSF作家や評論家からはあまり評価されていません。
やはり、SF小説としての要素が、作品の重要な要素であるはずなのに、実は本質とは関係ないからでしょう。
しかし、それこそが読者の支持を受け続ける理由です。
SF小説としは、発表されたときから古色蒼然としていたのです。
しかし、小説としては古びることがありません。
それは、この作品がSF小説とか、恋愛小説とかいうありきたりなカテゴリー分けを超えた魅力を持つからです。
「夏への扉」は、希望の象徴です。
それも裏切られ、絶望した人にとっての希望の象徴です。
言ってみれば、青春を失った人が、それを取り戻す物語といえるかもしれません。
それを思うと、主人公がどういうわけか少女との恋に希望を見出すというのも象徴的な意味があるのかもしれません。
青春をやり直したい、イコール恋愛をやり直したい。
それも昔よりもましな相手と、というわけです。
この作品には、ロマンチックなストーリーという評価が多いのですが、その一方で否定的な評価もあります。
まさにそのロマンチックなところが、支持されたり、非難されたりしているわけです。
SFにアレルギーがあるという人も、青春の物語として一読されてはいかがでしょうか。