定年後に読みたい『異邦人』カミュ(著)は人生の不条理を受け入れ、生きる勇気をもらえる一冊

最終更新日:2017年9月25日

タイトルは聞いたことあるけれど読んだことはない。

そんな作品、ありますよね。

人生の折り返し地点を迎えた今こそ、あの名作を手にとってみませんか。

今回ご紹介するのはフランスの作家、アルベール・カミュ著「異邦人」です。

この作品は1942年に刊行され、今なお根強い人気があり版を重ね続けています。

1.『異邦人』あらすじとテーマ

この小説はカミュの代表作の一つです。

人間社会に浸透している不条理をテーマに描かれており、主人公はムルソーという名の若い男です。

彼は自分の母親が死んでも涙を流さず、そのうえ葬儀の翌日には映画館で大笑いし、女と海水浴へ行って楽しむような人間です。

ひょんなことから男女間のトラブルに巻きこまれ殺人を犯してしまいますが、裁判で彼は動機について「太陽がまぶしかったから」と答え、死刑判決を受けます。

それでも死刑執行の日に人々が自分を罵ってくれることだけに希望を感じ、絶望的な状況の中でも自分なりの幸福を見出すのでした。

2.不条理とはなにか

この小説を解釈するときに欠かせないのが「不条理」というキーワードです。

辞書を引くと「不合理であること。

常識に反していること」とあります。

あらすじを読んでいただいただけでもわかるように、この主人公はなんだか支離滅裂です。

当たり前の道理は通じません。

それに感情が欠けているようにも見えます。

殺人の動機で「太陽がまぶしかったから」とは一体どういうことなのでしょうか。

私達は日々の暮らしにおいて、何事にも意味があると思っています。

あるいはそう思い込んでいます。

意味がなくてはこの暮らしに一貫性がなくなり、何やらややこしいことになってしまうからです。

しかし、その意味をつける、意味を見出すということに「ノー」を突き付けたのがムルソーです。

彼は自分の人生において一般的な意味をつけることをひどく嫌ったのです。

そしてその潔癖さゆえに自らを死へと追い込んでしまうのですが、その死さえも悲劇的にはとらえていません。

3.タイトルについて

この「異邦人」というタイトルにはどのような意味があるのでしょう。

ムルソーは母親の葬儀で泣きませんでしたが、この行為は一般的な意味を重んじる人々から見れば、「薄情なやつだ」という風に映るでしょう。

また、翌日には女と海水浴に行くなんて不謹慎だと言われるでしょう。

実際、作品の中でまだ黒いネクタイをしているムルソーの姿を見た女が「あなた喪に服しているの」と尋ね、平然とそうだと答えるムルソーに絶句する場面があります。

私達の暮らしにはルールが定められています。

母親の葬儀では悲しまなければならない。

しばらくは喪に服さなければならない。

死刑判決を受けたら絶望しなければならない。

しかし、ムルソーはこのルールをことごとく無視し、どこまでも自らの感覚に正直に生きようとします。

そんな彼は他の人々からすると異端者、本当にまるで異邦人です。

4.殺したのがなぜ太陽のせいなのか

あらすじを読んで、最も多くの人が引っかかった点は殺人の動機です。

太陽のせいで殺したなんて裁判官をおちょくっているようにしか聞こえません。

しかし、この言葉もまたムルソーの正直さから出たものです。

ここで「ふざけていると思われるかもしれない」と心配して別の言い方に変えないところも、彼の真理に対する徹底ぶりが表れています。

この発言でいよいよ異邦人としての烙印を押されたムルソーは、ついに死刑宣告を言い渡されてしまいます。

それでも牢獄の中で彼は考え続けるのです。

自分は殺人を犯した。

それは太陽がまぶしかったせいだ。

そして今は死を待っている。

これらのことに一体何の意味があるのだろう、と。

ムルソーは常に自分の人生に対してどこか他人事で、当事者意識が極めて薄いのです。

5.ムルソーの言葉

ムルソーは人生を達観したような言葉をたくさん残しています。

例えば、「人生が生きるに値しない、ということは誰でもが知っている」「結局のところ、人間が慣れてしまえない考えなんてものはないのだ」などちょっと見たところ悲観的または虚無的なのではないかと思いますが、早とちりせず考えてみるとこれらの言葉がなぜだかエールのようにも聞こえてくるので不思議です。

人生が生きるに値しない、だなんて余程勇気のある人でないと口にできません。

でも、言われてみればもしかするとそうなのかもしれない、そうだとすれば何も肩肘張って生きる必要なんてないんじゃないか。

もっと気負わずに生きたっていいんじゃないかという風に思えてきます。

また、ムルソーの母親の言葉に「人間は全く不幸になることはない」というものがあり、この言葉のおかげで彼は牢獄の中でも絶望せずに済んだのです。

不条理を受け入れて生きる勇気をもらえる一冊

他人から借りた価値観ではなく、きちんと自分の内側から湧き上がってきた感情、それだけを本当の意味としておきたかったのがムルソーの望みでした。

一見、無気力で冷酷に見えますが実は情熱的で積極性のある人間だといえます。

ただ、全く妥協を許さないその姿勢が彼の死を招く結果となってしまいました。

私達は彼ほど徹底できなくても、少しばかり思考のエッセンスを分けてもらうことはできるのではないでしょうか。

この機会に一度、ムルソーと共に自分の人生を不条理として考えてみませんか。

これまで気付かなかった当たり前であることの不条理に気付くかもしれません。