定年後シニアの読書『空の中 』有川 浩(著)で人類の未来という壮大なSF的テーマを思索する

最終更新日:2017年10月7日

有川浩は湊かなえと並んで文芸ベストセラーランキングの常連となっている人気女性作家の1人です。

「空の中」に代表される自衛隊三部作は、「図書館戦争」シリーズなどで知られる有川浩の原点と言える作品群でした。

1.謎の生命体をめぐる物語

現在は一般文芸分野での活躍が目覚ましい有川浩も、デビュー作の「塩の街」は第10回電撃ゲーム小説大賞を受賞したライトノベル作品です。

続く第2作の「空の中」からは一般書籍のハードカバーとして出版され、第3作の「海の底」と合わせた初期3作品が自衛隊三部作と呼ばれています。

三部作にはいずれもミリタリー分野を得意とする有川浩らしく自衛隊が登場しますが、「塩の街」が陸上自衛隊で「空の中」が航空自衛隊、「海の底」が海上自衛隊という違いはあります。

当初からライトノベルレーベルの電撃文庫から出版されたデビュー作と比べ、「空の中」は一般文芸ジャンルに入れても違和感のないエンターテインメント小説です。

作中には「白鯨」と称する高度な知性を持った謎の生命体が登場し、UMA(未確認生物)とも言えるこの生命体と人類との戦いが描かれたSF小説でもあります。

「白鯨」は人類の敵にもなり得る危険な存在ですが、登場人物たちとの交流が描かれる一面も持っています。

2.同時展開する2つのストーリー

「空の中」の登場人物は大きく2つのグループに分けられ、2つのストーリーが同時展開していく構成が採用されています。

このうち高校生が中心となるパートでは航空自衛官の父親を突然の航空機事故で亡くした主人公の斉木瞬と、幼なじみの天野佳江がストーリーの柱です。

一方の航空自衛隊を中心とする大人たちのパートでは、日本航空機設計の事故調査委員・春名高巳と女性自衛官の武田光稀が物語の主役を演じます。

四国沖で謎の航空機事故が相次いで発生するところから物語が始まり、この事故で父親を失った主人公の瞬が海で奇妙な生物を発見する場面へと続いていきます。

主人公はこの生物をフェイクと名づけて可愛がりますが、高校生のパートと大人たちのパートが合流する後半でフェイクの正体が明らかになります。

空中を浮遊する透明化した謎の生命体「白鯨」との戦いに彼らも巻き込まれ、物語は人類の未来をかけた壮大な展開を見せていくのです。

3.魅力的なキャラクターたち

有川浩の小説がこれだけ人気を集めている理由の1つには、登場人物のキャラクター造形がしっかりしているという点が挙げられます。

未確認生物が大好きな少女の天野佳江や男まさりの女性自衛官・武田光稀、素朴な人柄で主人公に慕われる宮じいなど、「空の中」に登場するキャラクターたちも個性派揃いです。

彼ら個性的な人物同士の恋愛ストーリーも有川作品で見逃せない魅力の1つとなっており、主人公の瞬と佳江のやり取りはラブコメ的展開を見せます。

有川浩がデビューするきっかけとなったライトノベル界では、漫画と同様に登場人物のキャラクター性を重視する点が大きな特徴です。

漫画やライトノベルで定着したその傾向も、現在では大人向けの一般小説にまで拡大しています。

特にミステリーやSF・時代小説といったエンターテインメント小説の分野では、個性的なキャラクターの存在が欠かせません。

「空の中」はその意味でもエンターテインメント小説に必須の条件を兼ね備えているのです。

4.多彩な作風で人気作家に

「空の中」を含む自衛隊三部作で小説家としての地位を固めた有川浩は、続く「図書館戦争」シリーズで累計発行部数600万部以上の大ヒットを記録しました。

架空の図書館法が施行された近未来の日本を舞台に図書隊と良化特務機関とが戦いを繰り広げる「図書館戦争」も、作者得意の軍隊が登場するSF作品です。

以後の有川浩は作風をさらに広げ、「三匹のおっさん」シリーズや「阪急電車」「植物図鑑」「県庁おもてなし課」といった作品を次々に発表してきました。

「三匹のおっさん」では定年退職後の還暦男性3人が近所の事件を解決する連作短編集で、有川浩のイメージを大きく変えた作品と言えます。

電車の乗客が繰り広げるさまざまなエピソードを描いた「阪急電車」や、有川浩の出身地・高知を舞台とする「県庁おもてなし課」も人気作品です。

それらの作品はテレビドラマや映画の原作にも採用されて映像化され、映像を観た人が原作も読んで有川浩のファンになるという現象も発生しています。

5.自衛隊SFと恋愛小説の融合

目に映像が浮かぶような文章や登場人物たちが繰り広げる生き生きとした会話など、有川作品の魅力は数多く挙げられます。

そうした有川作品の原点となった自衛隊三部作の中でも、「空の中」は自衛隊の登場する異生物SFと恋愛小説が融合した完成度の高い作品です。

映像化のハードルが高い自衛隊三部作はまだドラマ化や映画化はされていませんが、もし実現すれば大ヒットは間違いありません。

エンターテインメント小説に欠かせない要素がたっぷりと詰め込まれた「空の中」は、出版から10年以上を経た現在でも単行本や文庫本が新刊で購入できます。

人類の未来という壮大なSF的テーマを背景に青春ドラマや恋愛物語が描かれる「空の中」は、大人が読んで楽しめる一級のエンターテインメント小説です。

「空の中」は有川浩の初期の傑作

恋愛をメインとする作風のせいか、有川浩のファン層は20代の若い女性が中心でしたが、その状況にも変化が見られます。

テレビドラマ化された「三匹のおっさん」シリーズの影響もあって、有川浩の人気は中高年を含む幅広い年齢層にまで広がりました。

初期の傑作「空の中」はSF好きのシニアが読んでも十分に楽しめる作品です。