定年後に読もう!『13階段 』高野 和明(著)で死とは何か、人間が人間を裁くことはできるのか、という根源的な問題を問う

最終更新日:2017年9月27日

ミステリーに分類される小説にも多彩な作品が見られ、本格ミステリーもあれば社会派ミステリーも多く書かれています。

高野和明のデビュー作「13階段」は、死刑制度という社会的テーマを扱ったミステリー小説の傑作です。

1.満場一致で江戸川乱歩賞受賞

「ジェノサイド」などの作品で知られる高野和明は、2001年にこの「13階段」が江戸川乱歩賞を受賞したことで小説家としてデビューしました。

ミステリー作家の登竜門として知られる江戸川乱歩賞は、1000万円という高額賞金をかけたハイレベルの新人賞で、過去の受賞者には西村京太郎・森村誠一・東野圭吾・池井戸潤など錚々たる顔ぶれが並んでいます。

数ある新人賞の中でも江戸川乱歩賞は、最も偏差値が高いと言われるほど選考は難関に次ぐ難関の連続です。

2001年の江戸川乱歩賞選考会は満場一致で「13階段」の受賞が決定したという経緯を、当時の宮部みゆき選考委員が明かしています。

過去の受賞作の中でもトップクラスの出来と言われた「13階段」は、短期間で40万部を売り上げるベストセラーも記録しました。

早い段階で映画化も決定し、受賞の2年後には長澤雅彦監督・反町隆史主演で劇場公開されています。

2.死刑囚の冤罪を晴らす調査

主人公の三上純一は過去に傷害致死事件を起こして服役し、仮出所を果たしたばかりの青年です。

その純一に刑務官の南郷から、1000万円の成功報酬を条件にある死刑囚の冤罪を晴らす目的で再調査の仕事が持ちかけられます。

自らが犯した傷害致死事件で被害者への高額の民事賠償金支払いの義務が生じ、家族が経済的に困窮していた主人公はこの仕事を引き受けました。

保護司だった夫婦を殺害して金品を奪った犯人として起訴され死刑判決を受けていたその死刑囚は、事件直後のバイク事故で記憶を喪失しています。

彼が朧気に記憶していたという「階段」をキーワードに、主人公は事件の真相を解明すべく調査を開始しました。

死刑執行まで3ヵ月というタイムリミットが課せられる中、調査の過程で主人公は自身の重い過去とも向き合いながら調査を進めていきます。

3.重いテーマをエンターテインメント化

この作品の大きな特徴は、死刑制度という重いテーマを扱いながら上質のエンターテインメントとして書かれている点です。

ミステリーとして見れば前半の展開が比較的緩やかですが、その分だけ死刑制度の問題点や主人公の過去に関する記述に多くの行数が割かれています。

社会性を持つ重厚なテーマに正面から取り組み、人間の尊厳と犯罪との関わりという問題に対して真摯に向き合おうとする作者の姿勢がそこに示されています。

ストーリーを通じて読者の脳裏に絶えず去来するのは、死とは何か、人間が人間を裁くことはできるのか、といった根源的な問題です。

こうした問題をストレートに追求すれば小説として重苦しい作品になりがちですが、「13階段」はミステリー小説としてのエンターテインメント性も度外視されていません。

後半になると事件の真相に迫る新事実が次々と判明し、事態が二転三転する展開を待っています。

死刑執行のタイムリミットが迫る緊迫感の中、驚異のクライマックスを迎えることになります。

4.脚本家から転身

作者の高野和明はもともと映画監督を志していた人で、小説家としてデビューする以前は映画・テレビの脚本や演出・撮影などの映像畑で仕事をしていました。

そうした資質は「13階段」でも場面転換の巧みさや劇的展開の形で生かされています。

2011年に発表した「ジェノサイド」は山田風太郎賞と日本推理作家協会賞を受賞し、第145回直木賞の候補にも名を連ねました。

同年の「このミステリーがすごい」と「週刊文春ミステリーベスト10」でも1位に選ばれた「ジェノサイド」は、現在に至るまで累計100万部を超えるベストセラーを記録しています。

アフリカと日本を舞台に虐殺事件を題材とするSF小説として書かれた「ジェノサイド」は、「13階段」に見られた社会的問題意識の発展形です。

そんな高野和明の原点となった「13階段」では、社会的テーマを軽々しく扱わないよう死刑制度や刑法・犯罪者の更生に関する豊富な参考文献が駆使されています。

5.死刑制度の問題点が浮き彫り

死刑制度に関する議論は長年にわたって続けられてきましたが、一般の人にとってはどこか遠い世界の出来事のように感じられがちです。

犯罪抑止効果を優先させる目的で死刑は廃止すべきでないと主張する人がいる一方で、世界の潮流は死刑廃止の方向に傾きつつあります。

世界の先進国でも死刑制度が残る国は日本を含めて少数派となっていますが、日本では死刑容認の意見が多数を占めているのが現状です。

2001年に発表されて以降ベストセラーを記録して大きな反響を巻き起こした「13階段」は、そうした風潮に一石を投じる問題作でもありました。

作中では実際に死刑を執行した経験を持つ刑務官が重要な役割を果たしており、彼の語る死刑執行体験の重みもこの作品の見逃せない読みどころの1つです。

現行の死刑制度にも問題点が存在するという事実を浮き彫りにした点で、「13階段」は出版から10年以上を経た現在でも読まれるべき価値を失っていません。

定年後に読もう!人間の根源的テーマを扱ったミステリー「13階段」

「13階段」は以上のような重みを持つ作品ですが、緻密な構成と理知的な文体が評価された点でも完成度の高い上質のミステリー小説です。

ミステリー好きの人はもちろん日頃はミステリーを読まないという人でも、犯罪によって人生が大きく狂わされた人物をめぐるストーリーには心を大きく揺さぶられる読書体験が得られます。