幕末に生きて明治維新に大きな役割を果たした坂本龍馬は、日本の歴史上で最も人気の高い人物として必ず名前が挙げられる存在です。
坂本龍馬の生涯を描いた歴史小説「竜馬がゆく」は、日本人に長く愛読されてきました。
1.国民的人気作家の代表作
「竜馬がゆく」を書いた作家の司馬遼太郎は昭和期を代表する国民的小説家で、彼の残した作品は没後20年以上を経た今もなお多くの人に読まれています。
昭和37年から41年にかけて執筆された「竜馬がゆく」はそんな司馬遼太郎の代表作として親しまれ、NHK大河ドラマを始めとしてこれまでに何度も映像化されてきました。
単行本では5分冊、文庫版では8分冊という長大な作品であるにも関わらず、歴史小説が好きな人の多くはこの作品を一度は読んでいるものです。
全部読み通すには1人で何冊も購入する必要があるとは言え、「竜馬がゆく」の単行本と文庫本を合わせた累計発行部数は2500万部に迫ると言われています。
「竜馬がゆく」以前の坂本龍馬は現在ほど有名な存在ではありませんでしたが、この作品がベストセラーとなったことで一躍国民的な人気を獲得するに至りました。
土佐藩出身の一志士に過ぎなかった彼がここまで国民的ヒーローとして大きく成長したのも、司馬遼太郎が「竜馬がゆく」を書いてくれたおかげです。
2.青年・竜馬の成長物語
単行本版の「竜馬がゆく」は、「立志篇」「風雲篇」「狂瀾篇」「怒涛篇」「回天篇」の5冊に分かれています。
8巻に分かれた文庫版では合計3000ページという長大な分量に達します。
各巻を分ける章には「黒船来」「寺田屋騒動」「船中八策」といった表題が付けられているため、内容も理解しやすいものです。
「竜馬がゆく」では「坂本の寝小便たれ」などと言われて馬鹿にされていた主人公・竜馬の少年時代から物語が始まります。
江戸で北辰一刀流の剣法を学んだ竜馬はたくましい青年へと成長していき、帰郷後に脱藩して志士の道を歩み始めるのです。
黒船襲来をその目で見て衝撃を受けた竜馬は、幕末という激動期の中で時代を大きく変える存在として大政奉還に至るまでの流れを演出することになります。
「竜馬がゆく」は江戸時代から明治維新へと移り変わる時代のうねりを背景に、弱虫だった竜馬少年が時代の主役として力強く成長していく過程を描いた物語でもあります。
3.司馬遼太郎が創造した主人公の人物像
作者の司馬遼太郎は作品を構想する際に膨大な資料を駆使し、綿密な取材を重ねた上で執筆したことで知られています。
「竜馬がゆく」の執筆時にも司馬遼太郎は古書を1000万円以上も買い集めたと言われているほど、この作品は確かな資料に裏付けられているのです。
一方で司馬遼太郎は後述するように独自の歴史観の持ち主でもあり、ノンフィクションではなくあくまでも小説として歴史上の人物を描いてきました。
「竜馬がゆく」の主人公は必ずしも歴史上に実在した坂本龍馬と完全にイコールではなく、膨大な資料に基いて司馬遼太郎が想像の中で作り上げた独自の人物像という側面もあります。
現存する資料だけでは、坂本龍馬が現在のように国民的英雄として人気者になっていたとは限りません。
司馬遼太郎が小説の中で魅力的な人物として描いたからこそ、「竜馬がゆく」主人公のモデルとなった坂本龍馬も人気者になったとも言えます。
小説内の人物と歴史上の人物を区別するため、司馬遼太郎は主人公の名を「龍馬」ではなく敢えて「竜馬」としたのです。
4.独自の歴史観に支えられた物語
国民的ベストセラーを記録した「竜馬がゆく」以外にも、司馬遼太郎は歴史小説の分野で数多くの名作を書いてきました。
作家としてのスタートはむしろ伝奇的色彩の濃い作風を特徴としており、新聞記者時代に直木賞を受賞した長編小説「梟の城」は忍者の世界を描いた作品です。
歴史小説の代表作には織田信長と斎藤道三が活躍する「国盗り物語」や新撰組の土方歳三を主人公とした「燃えよ剣」、日露戦争を中心に明治日本の姿を描いた「坂の上の雲」などの人気作品が挙げられます。
それらの作品は作者・司馬遼太郎独自の歴史観に基いて書かれた歴史小説で、特に近代史に対する歴史観は批判的な意見も含めて「司馬史観」と呼ばれるほど大きな影響力がありました。
「竜馬がゆく」でも作者流の歴史観に支えられ、主人公の竜馬は自由闊達で行動的かつ進歩的人物として魅力的に描かれています。
司馬遼太郎が独自に生み出したこの竜馬像は、高度経済成長時代の日本人を勇気づけて彼らが世界に羽ばたく原動力となったのです。
5.歴史ファンから企業経営者まで愛読
「竜馬がゆく」を愛読してきた人は、マニアックな歴史ファンばかりではありません。
後代に時代小説や歴史小説の書き手となった作家の中にも、「竜馬がゆく」に強く影響を受けたという人は多いものです。
各界の著名人や企業経営者にもこの作品の熱烈なファンは少なくありません。
昭和の高度経済期に執筆されたこの名作は時代を越えて日本人に読み継がれ、いつの時代も読者を力強く励まし続けてきました。
この作品に感動した誰もがみな坂本龍馬に憧れ、自分自身の人生に向かって大きく踏み出す勇気を得てきたのです。
時代は移り変わってバブル崩壊から経済の停滞期を経て、現在の日本は人口減少社会を迎えつつあります。
かつて企業の第一線で活躍してきたシニア世代の間では、「竜馬がゆく」が古き良き時代の日本を再確認できる小説としても読まれ続けているのです。
幅広い層が愛読する「竜馬がゆく」
刊行から50年以上を経た今もなお多くの人に愛読されている作品だけに、「竜馬がゆく」は一般の書店やネット通販ともに単行本や文庫本を新刊で容易に購入できます。
中にはこの大長編を繰り返し何度も読むという熱心なファンもいるほど、「竜馬がゆく」は人生のどの時期に読んでもその都度新しい発見が得られる名作です。