定年後に読もう!『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 』村上 春樹(著)次はノーベル賞!?

最終更新日:2017年10月7日

村上春樹の代表作と言えば、大ベストセラーを記録した「ノルウェイの森」を挙げる人が多数です。

一方では、その2年前に出版された「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を代表作とする人も少なくありません。

1.複雑な構造を持つ物語

新作が発売されるたび大きな話題を呼んで書店に行列ができるほど、村上春樹は現在人気ナンバー1の国民的作家です。

その代表作を発行部数という観点で選ぶなら、1987年の初版発売以来国内で累計1000万部以上を売った「ノルウェイの森」が第一候補となります。

1985年出版の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」は2002年時点での発行部数が累計162万部ですから、「ノルウェイの森」には及びません。

しかしながら両作品はハルキストと呼ばれる熱心なファンの間でも人気を二分しており、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」の方を最高傑作とする意見もあります。

純文学的色彩の濃い恋愛小説の「ノルウェイの森」と比べ、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」はエンターテインメント性が高い点も人気の一因です。

2.異なる2つの世界が交互に展開

この作品はタイトルにも象徴されているように、「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」という2つの世界が交互に登場する構成となっています。

2つのパートは互いに無関係のようでありながら、勘の良い読者は2つが深いところでつながっていることに気がつくものです。

「ハードボイルド・ワンダーランド」の各章では、暗号作成・解読を職務とする計算士の「私」が語り手を務めます。

近未来を思わせるこの世界では、計算士の情報組織「組織」と記号士の組織「工場」が敵対し合っています。

「私」は老博士から意識の核を固定する脳手術を受けたことによって、最高度の暗号処理技術を使いこなせる存在です。

一方の「世界の終り」各章では、図書館で夢読みという職を得ている「僕」が語り手となります。

こちらの世界は壁に囲まれた静謐な街で、そこに住む人々は心を持たないゆえに安逸な日々を送っているという設定です。

3.独自のメタファーと文化風俗

「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」ともに現実の世界とはだいぶ様相が異なるため、リアリズム的な小説を読み慣れた人はこの作品を読んで戸惑う可能性もあります。

村上作品の中でも「ノルウェイの森」のようにあくまでも現実の世界を舞台とする小説がある一方では、現実世界と非現実の世界がつながっている作品も少なくありません。

「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」は後者の代表例で、作中にはさまざまな架空生物も登場します。

「ハードボイルド・ワンダーランド」では東京の地下に生息している「やみくろ」という怪物が描かれ、「世界の終り」の街には一角獣が住んでいるのです。

それらの神秘的要素は深層心理が投影されたメタファー(隠喩)の役割を果たしており、村上作品を読み解くための重要な鍵となります。

ボブ・ディランやアイルランド民謡の「ダニー・ボーイ」などの音楽、映画・文学作品への言及も含め、多彩な文化風俗が作中に登場する点も村上作品ならではの魅力です。

4.作家として飛躍のきっかけに

ジャズ喫茶を経営していた村上春樹が「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞して作家デビューを果たしたのは、30歳だった1979年の出来事でした。

「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」と続いた初期3部作で独自の作風を確立し、村上春樹は若い世代の支持を集めていきます。

「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」は長編小説として4作目に当たる作品で、村上春樹が読者層をさらに広げて大きく飛躍するきっかけとなった作品です。

「1973年のピンボール」や「羊をめぐる冒険」にも「土星生まれの男」「羊男」といった人物が登場するように、リアリズムから飛躍する兆しは初期3部作から見られます。

「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」で作者はそうした飛躍を駆使し、魂の奥深い部分を象徴する深層心理的な隠喩を可能にしたのです。

ファンタジー色の濃い設定でありながら作者自身はこの作品を自伝的小説だと明かしていますが、それは表面的な意味ではなく魂の領域においての自伝的とも解釈されます。

5.読み手を惹きつける緻密な構成

近未来的社会を舞台に冒険物語が展開される「ハードボイルド・ワンダーランド」と、幻想的なムードの漂う「世界の終り」とは、1つの世界の表と裏の関係にあるとも言えます。

このようにして2つの世界を同時進行的に描いていくという手法は今でこそ珍しくなくなりましたが、この作品が書かれた当時は画期的試みでした。

「一角獣の頭骨」というキーワードが2つの世界を統合させる鍵となっており、「世界の終り」の主人公はこの頭骨から夢を読み解くことを仕事としています。

こうした謎解きの要素を含んだ全体の緻密な構成に支えられているため、単行本で600ページを超える大作でも最後まで興味が尽きることはありません。

現在は上下巻に分かれた文庫版のほか、新装版の単行本も新刊で入手可能です。

SFやファンタジー好きにもオススメな「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」

世界中に多くのファンを持つ村上春樹の作品は、国境や民族の壁をやすやすと乗り越える魅力を持っています。

特に「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」はSFやファンタジーが好きな人も満足できる作品です。

現実と一見地続きのようでいながら、いつの間にか不思議な世界へと読者が誘い込まれているような作品です。