アメリカの海洋生物学者レイチェル・L.カーソンと言えば、農薬の危険性を警告した「沈黙の春」の著者として知られています。
「センス・オブ・ワンダー」は彼女が死後に残したエッセイを友人たちが出版した著作です。
1.ロジャー少年に捧げられた書
作者のレイチェル・カーソンは56歳で亡くなるまで生涯を独身で過ごしましたが、彼女が50歳のときに姪の息子ロジャーを養子に迎えています。
亡くなった姪の代わりに、レイチェルがロジャー少年を育てることになったのです。
彼女は毎年夏になると数ヶ月間をメーン州の海岸や森にロジャーを連れ出して探検し、自然観察を楽しんでいました。
自然体験の日々を描いたエッセイ「センス・オブ・ワンダー」は、このロジャー少年に捧げられています。
ロジャー少年だけでなく世界の子どもたちや子どもを持つ親にメッセージを伝えるために、レイチェルは「あなたの子どもに驚異の目をみはらせよう」というエッセイを雑誌に寄稿しました。
その原稿をもとにしてレイチェルの死後に友人たちが「センス・オブ・ワンダー」の題で出版したのです。
2.海岸と森の美しい自然を探検
現在でも日本語訳版が単行本として購入可能な「センス・オブ・ワンダー」は60ページという小著ですが、写真家の森本二太郎が実際にメーン州で撮影したカラー写真が豊富に使われている美しい本です。
レイチェル・カーソン自身の詩的文章と美しい写真とが調和したこの本は、自然を愛する人たちにとって宝物のような1冊となっています。
星空やトナカイゴケのカーペット、鳥の声や風の音、海辺に鳴り響く波の音と白い波しぶき、といった詩情あふれる自然描写が「センス・オブ・ワンダー」の見逃せない魅力です。
次々と遭遇する自然の小さな驚異に対するロジャー少年の新鮮な反応を見守るレイチェルの優しい眼差しが全編に漂います。
3.神秘さや不思議さに目を見はる感性
タイトルの「センス・オブ・ワンダー」をレイチェル流に表現すれば、「神秘さや不思議さに目を見はる感性」ということになります。
この感性はあらゆる子どもが生まれつき持っている宝物ですが、大人になるにつれて現実への倦怠や人工的快楽のために失われてしまいます。
ロジャー少年とのふれあいを通じてレイチェル自身が教わったかけがえのないこの感性を、彼女は次世代に残そうとしてこのエッセイを書きました。
「センス・オブ・ワンダー」を子どもたちが持ち続けるためには、育つ環境が大切であることをレイチェルは示唆しています。
「私たちが住んでいる世界の喜び・感激・神秘などを、子どもと一緒に再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、少なくとも一人、そばにいる必要があります」と書いたレイチェル自身が、ロジャー少年にとってのそうした存在だったのです。
4.「沈黙の春」著者の遺作
女性の科学者がさまざまな学術分野で活躍している現在と違って、レイチェル・カーソンが科学者を目指していた当時は周囲がほとんど男子学生ばかりだったと言われています。
そんなレイチェルは少女時代から文章家を志していましたが、彼女の名を一躍有名にしたのは何と言っても1962年の出版から半年で50万部を売り上げた「沈黙の春」です。
農薬として当時使われていたDDTが持つ環境への悪影響を訴えた本書は環境運動のきっかけとなり、DDT使用の全面禁止が実現しました。
現在ではDDTの発がん性など本書の内容に対する批判的意見も存在しますが、現在に至る環境保護運動の大きな流れを作った点で「沈黙の春」は20世紀屈指の名著と言われています。
著者のレイチェル・カーソンは「沈黙の春」執筆中に癌を宣告され、闘病生活の中でこの著作を書き上げました。
「沈黙の春」出版からわずか2年後の1964年、レイチェルは「センス・オブ・ワンダー」の原稿を遺して世を去ったのです。
5.環境教育のバイブルとして活用
「センス・オブ・ワンダー」は単に名著「沈黙の春」の著者が書いたエッセイというだけでなく、自然環境教育のバイブルとしても今日まで読み継がれています。
学術的な内容の「沈黙の春」よりは「センス・オブ・ワンダー」の方が一般読者にとって読みやすく、読めば環境に対する意識も自然と高まるものです。
実際にこの本は環境教育のバイブルとして学校教育や幼児教育にも活用されてきました。
日本もまた周囲を海に囲まれた島国で森も多く、レイチェルとロジャー少年が小探検を楽しんだのとよく似た自然環境に恵まれています。
一方では都市の空間で安全に保護された中で育てられがちな現代日本の子どもたちにとって、「センス・オブ・ワンダー」を育む機会が減ってきているのも事実です。
子どもと自然との関係について考えるためにも、レイチェルが人生の最後に残したこの名エッセイは重要なヒントを与えてくれるのです。
孫とのふれあいを楽しむシニア世代にオススメな「センス・オブ・ワンダー」
現在子育て中の親世代はもちろんのこと、孫とのふれあいを何よりの楽しみとしている祖父や祖母の世代にとっても「センス・オブ・ワンダー」は読んでためになる1冊です。
もちろん大人が読んでもこの本から得られるものは少なくありません。
このエッセイを読めば子どもの頃に感じていた新鮮な喜びや驚きの感覚が甦ってきます。