『西の魔女が死んだ 』梨木 香歩(著)には孫育てのヒントがいっぱい

最終更新日:2017年10月25日

梨木香歩の小説「西の魔女が死んだ」は小中学生の読書感想文でも課題図書によく選ばれてきたため、子供向けの作品と思われがちです。

少女と祖母の心のふれあいを描いたこの感動作は、大人が読んでも十分に楽しめます。

1.不登校になった少女の癒やしの物語

1994年に出版された「西の魔女が死んだ」は、不登校になった中学生の少女が祖母との交流を通して自立心を育んでいく物語です。

主人公のまいが不登校になってしまったのは、中学校への入学直後からクラスにうまく馴染めなかったことが原因でした。

グループ作りに余念がないクラスの女子生徒たちの姿に疑問を抱いた主人公はグループの輪に加わらなかったため、やがていじめの対象とされるようになったのです。

学校に行かなくなった娘を心配した両親は、田舎で静かに暮らしている祖母に主人公をしばらく預かってもらうことを決めました。

自然豊かな環境の中で祖母と過ごすうちに、主人公のまいは生きる楽しさを見出していくのです。

2.魔女の血を引く英国人の祖母

以上のような主人公の体験は、彼女が中学校に入学して間もない初夏の頃の出来事として過去形で語られます。

タイトルと同じ「西の魔女が死んだ」という書き出しから始まる「西の魔女が死んだ」は、それから2年後を現在時制として祖母と過ごした日々を振り返る物語です。

この「西の魔女」とは、主人公が不登校から立ち直るきっかけを作ってくれた祖母にほかなりません。

この祖母は日本人の祖父と結婚して日本に帰化したイギリス人で、祖父に先立たれた後も自然に恵まれた日本の田舎で静かに暮らしていました。

1ヵ月余りの日々を一緒に過ごした2年前、祖母が魔女の血筋にあるということを主人公は本人の口か伝えられます。

同じ血を引くまい自身も修行を積めば魔女になれると聞き、彼女は「何でも自分で決める」「意志の力をつける」といった祖母の教えに従って魔女修行に励みました。

2年後にその祖母が心臓発作で倒れたことを母から知らされ、まいは母とともに田舎へと駆けつけるのです。

3.自然の中で成長する少女

「西の魔女が死んだ」で最大の読みどころは、何と言っても主人公のまいが魔女修行に励む場面の数々です。

野イチゴを摘んでジャムを作ったりハーブティーを作ったりなど、豊かな自然の中での暮らしは生き生きとしたものでした。

何でも自分で決める強い意志の力を持つことが一番大事だと祖母から教えられたまいは、起きる時間と寝る時間も自分で決めて規則正しい毎日を送り始めます。

作中にはハーブの栽培などイギリスの伝統的なガーデニングも登場し、美しい自然の風景を文章で味わえる点も大きな魅力です。

窒息しそうなほど息苦しさを教室に感じて不登校になってしまった主人公が、頼もしい祖母と伸びやかな自然に癒やされて逞しく成長していく様子が回想シーンから窺えます。

そんな信頼感に支えられていた祖母との関係も、近所に住むゲンジさんという男をまいが毛嫌いしたことから亀裂が入ってしまいました。

その誤解が2年後にどのようにして解かれていったかという点もまた、この作品で見逃せない読みどころの1つです。

4.ミステリアスな横顔

作者の梨木香歩は作家としての横顔をほとんど露出させないことでも知られています。

読者が作品を読む際に作者の「顔」が邪魔になってイメージが固定されないようにするため、経歴などの情報は意識的に出さないようにしていたのです。

そのため小説家としてはミステリアスな面を持つ書き手ですが、大学時代にイギリス留学体験があるという点は「西の魔女が死んだ」を読み解く上で見逃せません。

「f植物園の巣穴」や「冬虫夏草」など植物が多く登場する作品を多く書いている点に、ガーデニングが盛んなイギリスでの留学体験の影響が窺えます。

そんな作者にとって「西の魔女が死んだ」はデビュー作に当たりますが、主婦業の傍らにこの作品を書いた当時は作家になることを考えていなかったとも言われています。

交流があった心理学者の河合隼雄に読ませた原稿が出版社に紹介され、刊行された「西の魔女が死んだ」が児童文学者協会新人賞と新美南吉児童文学賞・小学館文学賞という3つの文学賞に輝いたのです。

5.子育てや孫育てのヒントも

読書感想文の対象として長年高い評価を得てきた「西の魔女が死んだ」は、子供たちだけに読ませるのはもったいないほどの名作です。

対人関係に悩みを抱えて不登校に陥っていた少女が、何でも自分で決められるようになるまでに成長していく過程には子育てのヒントも隠されています。

シニア世代の人の中には、孫との交流を何よりの楽しみとしている人も少なくありません。

孫との接し方の中にも子供が人間的に成長していけるような形で、祖父母の立場からアドバイスをしてあげるような場面が出てくるものです。

そんな子育てや孫育てについて考える上でも、大人が「西の魔女が死んだ」を読む意義があります。

子供ばかりでなく大人にも読み継がれてきたこの作品は、現在でも文庫版を新刊で購入することが可能です。

文庫版には「西の魔女が死んだ」の後日談を語る「渡りの一日」という短編も併録されており、成長した主人公の姿が親友とのエピソードを通して描かれています。

子供たちだけでなくシニア世代も読みたい「西の魔女が死んだ」

書評サイトや通販サイトでは小中学生の子供を持つ親だけでなく、意外に中高年層からの感想レビューも目立つのが「西の魔女が死んだ」の特徴です。

2008年に映画化もされたこの作品は、読後に温かな気持ちになれる感動作として多くの人に愛読されてきました。

2017年には書き下ろし短編を併録した愛蔵版の単行本も出版されています。