定年後に読む『下町ロケット』池井戸 潤(著)で企業で日々奮闘していたサラリーマン時代を振り返る

最終更新日:2017年9月26日

人気作家として知られる池井戸潤は数々のヒット作を世に送り出してきましたが、代表作の1つに数えられるのは「下町ロケット」です。

第145回直木賞を受賞したこの作品は、2015年にドラマ化されて高視聴率を記録しました。

1.サラリーマンの心に響く企業小説

テレビドラマとして親しまれた「下町ロケット」は、原作を読んでもドラマに負けないくらいの面白さが味わえます。

作者の池井戸潤は今でこそベストセラーの常連として名前が知られるようになりましたが、人気作家としてブレークするきっかけとなったのはこの「下町ロケット」の直木賞受賞でした。

エンジン開発・製造を手がける中小企業を舞台としたこの作品は、小説のカテゴリーで言えば企業小説に分類されます。

企業小説と言えば堅苦しいイメージを抱きがちですが、「下町ロケット」は上質なエンターテインメントとして完成度の高い作品です。

企業で日々奮闘するサラリーマンたちに勇気と希望を与えてくれるようなストーリーは、直木賞の選考会でも多数の支持票を集めました。

2013年末にはこの作品が文庫化され、翌年の年間文庫売上げランキングの4位に入る売れ行きを記録しています。

2015年には続編の「下町ロケット2 ガウディ計画」も出版されました。

2.大企業と対決する中小企業の戦い

「下町ロケット」の主人公は、元宇宙科学開発機構研究員で現在は佃製作所という中小企業を経営する佃航平です。

幼い頃から宇宙飛行士になる夢を抱いていながら自らの関わったロケットの打ち上げ失敗で挫折し、父の死に伴って佃製作所の経営を継いだ経歴を持ちます。

主人公は持ち前の才覚を生かして会社の業績を順調に伸ばしてきましたが、ライバルのナカシマ工業から特許侵害で訴えられたことがきっかけで経営の危機に陥ります。

佃製作所より経営規模が大きく法律方面にも盤石を誇るナカシマ工業との対決を軸に、大企業の帝国重工も加えた駆け引きは読み応えのある場面の連続です。

主人公は何度もピンチに直面しながら、その都度自らの機転と仲間たちや協力者の活躍に救われて苦境を次々と乗り越えていきます。

強大なライバル企業や大企業に対して果敢に挑む中小企業の戦いという構図は、時代劇などの活劇物にも通じる痛快な物語の必須条件も兼ね備えています。

3.特許をめぐる人間ドラマ

これまでに書かれた企業小説や経済小説では、企業スキャンダルや権力闘争・企業の内幕といったテーマが主流でした。

「下町ロケット」はそうしたノンフィクション的な視点ではなく、物語としての面白さに主眼を置いた点がベストセラーとなった一因とも言えます。

この作品では特許に関する企業間の駆け引きや法的措置を題材としていますが、特許や企業経営に関する知識を持たない人でも面白く読めるように書かれているのです。

そのエンターテインメント性の源泉は、社内外の人物たちによって繰り広げられる人間ドラマにあります。

主人公の佃航平を中心に、彼の右腕として共に戦う殿村や若手社員・社内の不満分子も作中で重要な役割を果たしています。

帝国重工の宇宙航空部開発担当部長・財前やナカシマ工業の三田は主人公の好敵手を演じ、主人公にとって頼もしい味方となる弁護士の神谷も物語の展開に欠かせない存在です。

彼らが繰り広げるリアルな人間ドラマが、「下町ロケット」の放つ最大の魅力となっています。

4.リアルな企業小説を支える知識

作者の池井戸潤は元銀行マンだけに金融関係の知識を豊富に持っており、事実それまでの作品は金融業界を舞台とする例が大半でした。

江戸川乱歩賞を受賞したデビュー作の企業ミステリー「果つる底なき」も銀行員が主人公です。

「オレたちバブル入行組」「オレたち花のバブル組」の両作品は2013年にテレビドラマ「半沢直樹」の原作に採用され、高視聴率を記録しました。

その後の池井戸潤は金融業界に限定しない幅広い題材を手がけるようになり、「民王」では政治の世界を、「ルーズヴェルト・ゲーム」では企業の野球チームを取り上げています。

「下町ロケット」に代表される企業小説は作者の最も得意とする分野で、それらの作品の骨格を支えているのは銀行員やコンサルタント業の経験を生かした経済方面の知識です。

企業を舞台とした小説にリアリティを与える知識を豊富に持っている点にも、池井戸作品がサラリーマンを中心に人気を集めている理由が見て取れます。

5.爽快な読後感で幅広い世代に人気

企業の第一線で働きながら日々消耗しているサラリーマンにとって、数ある小説の中でも企業の世界を舞台とした作品は身近に感じられるものです。

ストーリーの面白さを前面に押し出した作品が必ずしも多くなかった企業小説の分野で、池井戸作品は型破りなほどエンターテインメント性を打ち出してきました。

その中でも「下町ロケット」は完成度の高い代表作の1つとして挙げられ、小説好きのサラリーマンなら一度は読んでおきたい傑作です。

サラリーマン以外の職業に就いている人や学生、さらには第一線を退いたシニア世代にとってもこの作品は読む価値があります。

爽快な読後感を読書の醍醐味として味わいたいという人には池井戸作品の中でも特に「下町ロケット」が適しており、小説ならではのカタルシスが得られるのは間違いありません。

テレビドラマを見てストーリーを知っているという人でも、原作を読めば脳内で登場人物たちが生き生きと躍動し始めるものです。

ドラマに負けない面白さがある「下町ロケット」

「下町ロケット」は単に企業が経営の危機を乗り越えるという成功物語を描いた小説ではなく、宇宙への夢を捨てきれずにいた男の情熱を秘めた熱い物語でもあります。

それぞれの企業で活躍中の現役世代はもちろん、リタイア後に読書を趣味として第二の人生を送っている人も夢中になれる点が「下町ロケット」の持つ魅力です。