『人間の土地 』サン=テグジュペリ(著)で人間の尊厳や愛と友情の素晴らしさに生きる指標を得る

最終更新日:2017年10月19日

サン=テグジュペリと言えば「星の王子さま」の作者として有名ですが、彼が書いた他の作品を読んだことがないという人も少なくありません。

「人間の土地」は飛行士だった彼の貴重な体験を綴った自伝小説の名作です。

1.航空体験を綴った名作

全世界で1億5000万部を超える大ベストセラーを記録した「星の王子さま」は、日本でも愛読者の多い古典的名作として知られています。

「星の王子さま」は小惑星からやって来た少年が登場する童話の形で書かれていますが、作者のサン=テグジュペリは必ずしも童話作家ではありません。

彼はもともと飛行機のパイロットとして活躍していた人で、「星の王子さま」の主人公もサハラ砂漠に不時着した飛行機の操縦士でした。

そんなサン=テグジュペリが自らの航空体験をエッセイ風の自伝小説としてまとめたのが、1939年に出版された「人間の土地」です。

この作品は発売当初から評判を呼び、フランスで最も権威のある文学賞の1つと言われるアカデミー・フランセーズ小説大賞を受賞しました。

同年には早くも堀口大學による日本語訳が刊行されており、アニメ映画で有名な宮崎駿監督もこの作品に大きな影響を受けたことを公言して同訳の文庫版あとがきとカバー画を寄せています。

2.砂漠での墜落・生還がクライマックス

序文に続く8つの章から成る「人間の土地」は、民間の航空会社に入社した駆け出し飛行士時代の思い出について書いた第1章「定期航空」から自伝小説の色彩を帯び始めます。

第2章「僚友」第3章「飛行機」を経た第4章「飛行機と地球」で飛行機から見た地球の姿を描き、第5章「オアシス」以降では世界各地で体験した出来事が綴られていきます。

第6章「砂漠で」に続く第7章「砂漠のまん中で」は、リビア砂漠で不時着したときの体験を描いた作中のクライマックスです。

3日間砂漠を彷徨いながら奇跡の生還を果たしたこの遭難体験は、後に世界的ベストセラー「星の王子さま」を生むきっかけとなります。

人間の本質を問う最終章の「人間」で締めくくられたこの作品は、人間とは何か、文明とは何か、といった問題を探求する書としても古典的価値を持つ1冊です。

3.命がけの飛行と人間の本質

航空技術が大きく進歩した現在では、航空機事故が発生すれば犠牲者が出ないケースでも大きなニュースになるほど安全性が向上しました。

何らかの重大な人的ミスを犯したり、よほどの不運な天候条件に巻き込まれたりしない限り、最近の飛行機はそう簡単に墜落しないものです。

大勢の人が空を安全に飛び回れるようになったのも、20世紀に多くの飛行士たちが命がけで航路を開拓してきたおかげとも言えます。

20世紀に入って間もなくライト兄弟が人類初の飛行に成功して以降、世界各国で飛行機技術の開発が進められてきました。

第1次世界大戦を通じて航空技術は大きく進歩しましたが、サン=テグジュペリが民間会社の飛行士として活躍していた頃の航空技術は現在と比べてまだまだ低い水準だったのです。

常に命がけの飛行を続ける中で人間の尊厳と責任に関する思索を深めていった彼は、極限状態にも直面した自身の飛行体験に基いて思索の成果を「人間の土地」にまとめ上げたのです。

4.航路開拓時代に生きた作者

飛行士としてのサン=テグジュペリは、ヨーロッパと南米を結ぶ飛行航路の開拓にも大きく貢献してきました。

2つの世界大戦に挟まれた当時は、大陸間郵便航路が活発に開拓されていた時代でもあったのです。

「人間の土地」に先立つ8年前に書かれた航空小説「夜間飛行」はサン=テグジュペリの出世作となり、フランスのフェミナ賞受賞作にも選ばれました。

第2次世界大戦が始まると彼も軍の招集を受け、偵察隊に配属されます。

「星の王子さま」は一時休戦に伴う動員解除後にアメリカへ亡命していた頃の作品でしたが、その後も彼は志願して北アフリカ戦線の偵察飛行隊に加わりました。

1944年にコルシカ島から本土フランスへの偵察飛行に赴いたまま、サン=テグジュペリは消息を絶ちます。

戦後50年以上経ってから彼が操縦していたと見られる墜落機の残骸が地中海で発見されました。

「人間の土地」で人間の尊厳や愛と友情の素晴らしさを高らかに表明した作者も、戦争の犠牲となって尊い命を落としたのです。

5.現代にも通じる普遍性

サン=テグジュペリが残した作品の中でも、「星の王子さま」は大人も楽しめるファンタジーとして日本人にも広く親しまれています。

「星の王子さま」と比べると「人間の土地」は一般的知名度がそれほど高くありませんが、現代にも通じる普遍性を持った古典的名作という点では変わりません。

古くから日本の読書家たちに親しまれてきた堀口大學の旧訳に加え、最近では渋谷豊による新訳版も登場して高く評価されています。

旧訳版は詩人としても活躍した堀口大學による格調高い訳文が特徴で、原著者サン=テグジュペリの深い思索が日本語の散文詩的文体で表現された名訳です。

新訳版は旧訳よりも読みやすさに力点が置かれ、現代の読者が親しめるよう配慮されています。

どちらも文庫本で新刊が容易に入手可能となっており、訳文の好みに応じて選べる点も古典的名著ならではの楽しみ方です。

「星の王子さま」の作者が描く「人間の土地 」

世界各国の空港で旅客機が分刻みに発着するようになった現在でも、「人間の土地」に書かれた飛行体験と人間に関する深い考察の人類的価値は色褪せていません。

命がけで飛行航路を開拓していた時代と今では時代背景が大きく変わってしまいましたが、サン=テグジュペリが残した言葉の数々は現代人にも生きる指標を与えてくれるのです。