定年後の読書『星の王子さま 』サン=テグジュペリ (著)いちばんたいせつなことは、目に見えないことを知る

最終更新日:2017年10月6日

日本国内で出版された児童書の中で累計発行部数が最も多い作品は、サン=テグジュペリの「星の王子さま」です。

日本語を含む200以上の言語に翻訳されたこの名作は、全世界で1億5000万部という大ベストセラーを記録しました。

1.驚異の世界的大ベストセラー

作者のサン=テグジュペリが「星の王子さま」を書いたのは、第2次世界大戦中だった1943年のことです。

それから70年以上経った今もなおこの作品は世界の人々に読み続けられており、日本人の間でも熱心なファンは少なくありません。

長い間翻訳権を持っていた岩波書店版だけで国内の累計発行部数は600万部を上回り、翻訳出版権が切れた2005年以降は数多くの出版社から新訳版が続々と出されています。

新訳版の中には「小さな王子さま」や「ちいさな王子」など、タイトルを変えてある本も見られます。

訳者ごとに特色のある「星の王子さま」が登場しており、新たなブームが日本にも巻き起こされているのです。

世界でも類を見ないほどこの作品が売れた背景には、子供たちだけでなく大人たちにもこの作品が広く読まれている様子が見て取れます。

事実「星の王子さま」には大人が読んでも考えさせられるような、人生や愛に関する奥深いテーマが秘められているのです。

2.小惑星からやって来た王子さまの物語

「星の王子さま」で表向きの主人公を務めるのは、砂漠に不時着した飛行機操縦士の「ぼく」です。

誰もいないはずの砂漠で「ぼく」は不思議な少年と出会います。

この少年こそが真の主人公であり、小惑星からやって来た王子さまです。

天文学者たちからB162と名づけられているその小惑星は、家1軒分の大きさしかありません。

その星には一輪の美しいバラが咲いていて、王子さまはこのバラをとても大切に育てていました。

あるとき王子さまはこのバラとケンカしてしまったために、故郷の星を発って他の星を見に行く旅に出ます。

醜い大人を象徴するような人物の住む6つの小惑星を経て、王子さまは7番目に地球へとたどり着いたのです。

地球の砂漠に降り立った王子さまはヘビやキツネと出会い、再び故郷の星に戻るため砂漠へと戻ったときに「ぼく」と出会ったのでした。

飛行機を修理しながら「ぼく」が王子さまから聞いた話が、「星の王子さま」の大半を占める構成となっています。

3.「バラ」が象徴するもの

作中に登場するキーワードの中でも、「バラ」には最も重要なメッセージがこめられています。

王子さまの住んでいた星にはたった1輪しかバラが咲いていませんでしたが、王子さまは地球に何千本ものバラが咲いている見事な光景を目にしました。

自分が心から愛していた1輪のバラが、実はありふれた花の1つだったと知って王子さまはショックを受けます。

そんな王子さまもキツネとの会話を通して、自分にとって一番たいせつなのは地球に咲いたたくさんのバラではないことを悟ります。

故郷の星に咲いたあの1輪のバラこそが、王子さまにとってかけがえのない存在だったのです。

キツネとの別れ際に王子さまが教えてもらった「いちばんたいせつなことは、目に見えない」という秘密は、読者の1人1人にとっても意味深い言葉です。

誰でも自分が一番たいせつにしている「バラ」を心の中に持っているのに、大人になると忙しさに紛れてその「バラ」を忘れてしまいがちになります。

「星の王子さま」とは、忘れかけていたその人の「バラ」に気がつかせてくれる本でもあります。

4.砂漠での不時着体験

言うまでもなく「星の王子さま」は作者サン=テグジュペリが想像して作り上げたフィクションですが、砂漠に不時着した飛行機の操縦士という「ぼく」の設定には実体験も盛り込まれています。

作者は実際に民間航空会社でパイロットとして勤務し、サハラ砂漠に不時着した経験を持っているのです。

三日三晩も広大な砂漠を彷徨い、死の直前まで追い込まれながらも奇跡的な生還を果たしたその体験が彼の著作に生かされています。

「星の王子さま」に先立つ4年前の1939年に書かれた「人間の土地」は、その遭難体験に人生訓を交えた名作です。

「星の王子さま」の中では、飛行機の修理に忙しい「ぼく」が王子さまの話を真面目に聞かないような場面も出てきます。

そんな「ぼく」が飛行機の修理に成功した後、王子さまとの出会いのたいせつさに気がつくところは作中でも特に感動を誘う名場面です。

5.人生の教科書としての価値

日本に限らず世界の子供たちから長く愛されてきた「星の王子さま」は、子供たちだけの独占物にしておくのがもったいないくらいの名作です。

事実この作品を生涯の愛読書としてたいせつにしている大人も世界には数多く、その点では日本の大人たちも例外ではありません。

本当に「星の王子さま」を読むべき人とは、子供ではなく子供の心を見失ってしまった大人たちだとも言えます。

「星の王子さま」は単に子供の心を育むための児童書ではなく、大人が読んでも本当にたいせつなことを教えてくれる人生の教科書として後世に伝えるべき1冊です。

幸い「星の王子さま」は前述の理由によってここ数年の間に新訳版が多くの出版社から発売され、新刊で購入するにもハードカバーから文庫まで豊富な選択肢があります。

国境も時代も超えて読み継がれる「星の王子さま」

作者のサン=テグジュペリは大戦中の偵察飛行時に地中海で消息を絶ちましたが、彼が残した「星の王子さま」は没後70年以上を経た今も世界の人々に愛されています。

「芸術は長く人生は短し」とは昔からよく言われていることですが、国境と時代の壁を越えて長く読み継がれる名作にはそれだけ普遍的な価値が備わっているものです。