定年後の旅!広島平和記念碑・原爆ドーム(広島県)で戦争の悲惨と真実の前に沈黙

最終更新日:2017年9月25日

原爆ドームは、広島駅から路面電車に乗って15分程で行ける世界遺産です。

負の遺産と言われていますが、日本人なら一度は訪れたい場所です。
昨年7月にはおりづるタワーもオープンし、活気づいてきています。

そんな広島平和記念碑(原爆ドーム)の魅力を紹介します。

1.広島原爆ドーム

1915年、チェコ人の建築家ヤン・レツルによって設計され、広島県物産陳列館として開館しました。
被爆前は、県内の物産やそれに関する資料が保存してありましたが、美術館、博物館としての役割も果たしていました。

現在は、小学生を中心に平和学習の場として親しまれています。
外国人の姿も多く見受けられます。

ドームの近くに行くだけでも、当時の凄惨な様子が見てとれます。
保存するにあたり内部は補強工事が行われましたが、高温によって歪んだ鉄骨や散らばった瓦礫、崩れた煉瓦などは今でも原爆の威力を物語っています。

8月の平和記念式典前後は国内・国外問わず観光客が多くなるので、ゆっくり見たいならその時期は避けるのがオススメです。
すぐ横にある川には、原爆投下時に水を求めて沢山の人が飛び込んだと伝えられています。

今では憩いの場として、親子連れがよくピクニックを楽しんでいます。
ゆっくり川縁を散歩すると、とてもリラックスできます。
http.//www.city.hiroshima.lg.jp/www/dome/index.html

2.広島平和記念資料館

バラク・オバマ氏が訪れたことでも知られている、原爆ドームから徒歩圏内にある施設です。
原爆の恐ろしさを、資料や写真によって今に伝えています。

焼け焦げた弁当箱、原爆症に苦しむ少女が折った鶴などはテレビや書籍で見たことがある方も多いでしょう。
そのほかにも被爆者の遺品や被爆時身に着けていた衣服、原爆症によって亡くなった方の遺品も展示されています。

ヒロシマ ピース ボランティアによるガイド及び音声ガイド貸し出しも行っており、より深く原爆、ヒロシマについて学ぶことができます。
来館者がメッセージを自由に書き込めるノートがあり、世界各国から平和を祈るメッセージが書き込まれていました。

この施設も8月6日前後は来館者が増えるので、ゆっくり見たい場合は避けるのがオススメです。
http.//hpmmuseum.jp/

3.おりづるタワー

平和のモチーフで、広島人なら作れるとも言われる折り鶴をテーマにしたタワーです。
原爆ドームから一本道を挟んだところにあり、新たなランドマークとして広島の風景を彩っています。

タワー専用の紙で折り鶴を作り、「おりづるの壁」に投入することで世界平和を願います。
中にはバーチャル体験で自分のアバターを作成したり、折り鶴で花火を作ったりする体験コンテンツもあるのでお子様やお孫様も楽しむことができます。

「ひろしまの丘」では、広島市内の風景を楽しめます。
天気が良い日は宮島にある弥山を見られることもあり、ゆっくりできるのが魅力です。

テイクアウト専用のカフェもあるので、休憩代わりに入るのも良いでしょう。
http.//www.orizurutower.jp/

4.原爆死没者慰霊碑

広島平和都市記念碑とも言います。
平和記念式典が執り行なわれる際、最もよく写っているのがこの碑です。

原爆によって壊滅状態となったヒロシマを、平和都市として復興することを祈って立てられました。
碑は石室部分と屋根部分によって構成されています。

石室部分には、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という牌文が刻まれています。
これは当時広島大学の教授であった雑賀忠義氏が、自身の被爆体験を元に撰文しました。

石室の中には、原爆で国内外を問わず亡くなった方の名簿が入っています。
屋根部分は、独特なアーチ型になっています。

これは埴輪の家型で、犠牲者が雨で濡れることがないようにという願いが込められています。
http.//heiwa-ga-ichiban.jp/sekai/hiroshima/index.html

5.原爆の子の像

国内外で書籍化され、歌にもなっている、平和学習で取り上げられることが非常に多い佐々木禎子さんの像です。
彼女は2歳で被爆しながら、元気に成長しました。

将来は体育の教員になることが夢という活発な少女でしたが、小学6年生の2月、かかりつけ医から亜急性リンパ性白血病との診断を受けます。
原爆が原因とされており、1952年をピークに被曝者が罹患した病です。

同年10月末に、彼女は帰らぬ人となりました。
佐々木禎子さんは、診断を受けてから亡くなるまで、千羽鶴を折れば元気になると信じて折り続けました。

当時折り紙は高級品だったので、薬を包んでいたセロファンでも折られました。
彼女の死がきっかけで、「原爆の子の像」を作ろうという動きが生まれ、1958年に完成しました。

像は、彼女の同級生が呼びかけ集められた、国内外からの募金によって立てられました。
内部には「これはぼくらの叫びです これは私たちの祈りです 世界に平和をきずくための」という牌文が刻まれています。

世界中から寄せられた折り鶴が、この像をぐるりと取り囲んでいます。
沢山ある平和公園内の記念碑の中でも、子どもにクローズアップしているのが特徴です。
http://yo-koda.sakura.tv/genbaku/genbaku2/orizuru.htm

5.まとめ

広島平和記念碑(原爆ドーム)周辺の5つの施設を紹介しました。
広島駅から路面電車(市内電車)で15分程の「原爆ドーム前」電停で下車、その後は徒歩圏内で巡ることができる施設です。

研修旅行で行ったことがあっても、年を重ねて訪れるとまた違った発見があります。
運が良ければ、語り部さんという原爆の体験を語り継がれている方にもお会いできるかもしれません。

是非、一度は訪れてみてください。