定年後に読もう!『一九八四年』ジョージ・オーウェル(著)で近未来の監視社会を覗き見る

最終更新日:2017年9月25日

今から半世紀以上も前にイギリスの作家ジョージ・オーウェルが書いた小説「一九八四年」が、近年再びベストセラーを記録しました。

全体主義国家の恐怖を描いたこの近未来小説が読まれる背景には、時代の不気味な空気が窺えます。

1.ディストピア社会を描いたSF小説

「一九八四年」が出版されたのは、第二次世界大戦 が終わって間もない1949年のことです。

その年から数えれば、タイトル通りに作品の舞台となっている1984年は35年後の近未来ということになります。

現在では1984年も30年以上の過去に過ぎ去っており、この小説に書かれたような社会が到来していない事実はすでに明らかです。

「一九八四年」が予言の書であれば作者の予見は外れたということになりますが、未来への警鐘を鳴らす目的で書かれたSF小説という点で作品価値は少しも減じていません。

「一九八四年」で描かれているのは、全体主義国家によって支配された近未来社会の恐怖です。

この作品が書かれた当時はファシズム勢力の引き起こした悲惨な第二次世界大戦が終結した一方で、旧ソ連の存在が世界平和に暗い影を落としていました。

スターリンによる全体主義的恐怖政治が行われていたソ連を中心とする社会主義陣営と、アメリカを中心とする資本主義陣営による冷戦の構図が確立した時代でもあります。

2.全体主義国家の支配する近未来社会

そうした不穏な時代風潮を背景に書かれた近未来SF小説の「一九八四年」は、主としてい自由主義社会の立場から全体主義的な社会を批判する視点に貫かれています。

作品の舞台となる1984年の世界は核戦争に発展した第三次世界大戦後に3つの超大国に分割され、中間にある紛争地域で絶えず戦争が繰り広げられている状況です。

この戦争は各国が国民を最低水準の生活に追いやると同時に、不満を外敵に向けさせる目的で行われています。

「一九八四年」は3大超大国の1つオセアニアを舞台に、主人公ウィンストン・スミスによる体制への果敢な反抗が描かれた作品です。

オセアニアでは主人公を始めとする党員はテレスクリーンやマイクなどの装置によって日常生活が常に監視されています。

人口の85%を占める非支配階級の労働者たちはプロレと呼ばれ、低い生活水準の下で党の制作した無害な娯楽を与えられつつ、体制を転覆させるだけの力を奪われた存在です。

3.監視社会のサスペンス

主人公のウィンストン・スミスは政府の真理省記録局に勤務する公務員なのですから、本来はこうした全体主義国家の一員として支配階級の側に立つべき人物です。

歴史すらビッグ・ブラザー(偉大な兄弟)の率いる党によって常に改竄されているのが「一九八四年」の描く全体主義社会で、主人公は歴史を書き換えることを職務としています。

しかしながら主人公は現体制に疑問を抱き、自由に文字を書くことすら禁じられているこの時代に、テレスクリーンから隠れて密かに日記を書き始めます。

主人公は以後も体制に反抗する行動を続けていきますが、徹底した監視の目をくぐり抜けてそうした活動を行うのは身の危険も伴うものです。

そうしたスリルとサスペンスも「一九八四年」の読みどころとなっており、作者が綿密に考案した近未来の高度な監視システムが恐怖を煽り立てます。

3つの逆説的なスローガンを掲げる党の不気味さに加え、「憎悪週間」「ニュースピーク(新語法)」「二重思考」といった独特の造語も近未来全体主義社会の恐怖を象徴するアイテムです。

4.非人間的体制への反抗精神

SF小説は第二次世界大戦後に欧米を中心とした作家たちによって大きく発展し、未来社会や宇宙・異星生物・異世界・タイムスリップなどのテーマで多彩な作品が書かれてきました。

その中でも「一九八四年」は未来社会をテーマとしたSF作品の1つに位置づけられますが、作者のジョージ・オーウェルは必ずしもSF作家として活動していたわけではありません。

むしろスペイン内戦の体験を綴った「カタロニア讃歌」などのルポルタージュや、インド帝国警察時代のビルマ体験に基づく「ビルマの日々」など、政治色の濃い作品を多く残しています。

ジャーナリストとして活動してきた中で小説も書くようになったオーウェルは、全体主義国家の非人間的支配体制に対する批判を強めていきました。

そうした彼の批判精神は豚や馬などの動物を登場人物とする寓話小説「動物農場」に結実され、「一九八四年」へと受け継がれていきます。

結核を病んで健康を害しながら書き続けた「一九八四年」を完成させて間もなく、オーウェルは46歳という短い生涯を終えました。

5.各分野への影響力

生まれつき病弱だったジョージ・オーウェルが最後の力を振り絞って書き上げた「一九八四年」は、半世紀以上経った今も多くの人に愛読されるほど古典的価値を認められてきました。

SF小説の歴史の中では比較的初期の作品として位置づけられますが、作品の価値は単に科学技術の進歩を反映させた学術的正確性だけでは判断できないものです。

オーウェルが「一九八四年」の中で創造した監視社会の恐怖は、作品の舞台として設定された1984年が30年以上の過去となった今も色褪せていません。

「一九八四年」は文学や思想界・映画・音楽・サブカルチャーなど、さまざまな分野に多大な影響を与えてきました。

最近では村上春樹がこの作品に触発されて「1Q84」を書いたことでも知られています。

吉田健一・龍口直太郎訳など旧訳の多くは絶版となりましたが、高橋和久による新訳版が文庫本として発売され、電子書籍版も含めて現在でも容易に入手できます。

読んだふりをすることなく、「一九八四年」を通読してみよう

冷戦終結後は世界に待ち望んだ平和が訪れると期待されたのも束の間、今世紀に入ってからの世界情勢には再び不穏な空気が漂い始めています。

本国イギリスでは「読んだふり」をした経験のある本の1位に輝いたという「一九八四年」ですが、そんな今の時代だからこそ実際に読むことでこの作品の持つ今日的価値も理解できます。