定年後に読もう!『変身 』フランツ・カフカ (著)の不条理な状況下で味わう孤独に共感する

最終更新日:2017年9月25日

プラハ生まれのドイツ語作家フランツ・カフカは、20世紀以降の文学で後世に多大な影響を残した人です。

彼が書いた小説の中で最も有名な「変身」は、過去にも世界の作家や評論家から多彩な解釈が試みられてきました。

1.実存主義文学の名作

ドイツ語で作品を書いたフランツ・カフカは生涯の大半をプラハの街で過ごしたユダヤ人で、「変身」は1912年に執筆された中編小説です。

発表当時のカフカは保険局員として働きながら短編小説を発表していた無名作家でしたが、死後に作品の先見性が高く評価されるようになりました。

第二次世界大戦後に広まった実存主義ブームの中で、カフカの作品はその先駆と見なされて多くの作家に影響を与えてきたのです。

サルトルやカミュなど実存主義を掲げる哲学者・文学者から評価されたばかりでなく、南米の巨匠ガルシア=マルケスもカフカの影響を公言しています。

安部公房や村上春樹など、カフカから強く影響を受けた日本人の作家も少なくありません。

「変身」はそんなカフカの代表作として広く知られ、実際に作品を読んだことがない人でも冒頭の有名な書き出しだけは知っているという人は多いものです。

2.毒虫に変身した主人公の運命

主人公のグレゴール・ザムザはある朝目が覚めると、自分が巨大な毒虫に変身していたことに気がつきます。

この有名な冒頭だけを見れば荒唐無稽な幻想世界の物語と受け取られかねませんが、「変身」の舞台はヨーロッパのごくありふれた小市民の家です。

主人公が毒虫に変身しているという点以外は、極めて現実的な設定の中でストーリーが展開されます。

こうした異様な状況に陥っても主人公はパニックに陥ることなく、仕事のことや家族の行末を案じて悩み苦しむのです。

家を訪れた職場の上司や主人公の家族も当初は巨大な毒虫の姿に怯えますが、家族はやがてこの怪物がザムザであることを認めます。

やがて食物を与えられるまでに主人公はこの奇怪な状況に適応しますが、彼の変身は家族に大きな変化をもたらし、彼自身は孤独のうちに取り残されて次第に弱っていく運命が避けられません。

3.不条理な状況下で味わう孤独

冒頭部分のインパクトがあまりに大きかったため、「変身」のこの異様な設定だけが広く知られた面もありますが、作品の価値は設定の不条理さだけではありません。

毒虫に変身してしまったために身体の動作は不便になり、醜悪な外見ゆえに周囲からも人間扱いしてもらえなくなった後も、ザムザは人間としての意識を持ち続けます。

周囲から疎外されて部屋に一人取り残されたザムザの孤独は、現代人なら環境の変化次第で誰でも陥る可能性のある孤立状態と重なります。

人間以外の存在に変身した姿であっても、作品を通して追求されているのは極限状況下に置かれた人間存在というテーマです。

「変身」では極端な形で寓話化されていますが、一人暮らしの高齢者や都会での孤独死、学校のいじめ問題など、現代人の抱える孤独は21世紀の現代でも深刻なテーマです。

そうした問題の萌芽を100年以上も前に見抜き、寓話的小説の形で描いたカフカは時代を先取りした作家でもありました。

4.死後に高まった名声

先見の明を持つ作家や進歩的な作風の芸術家は、同時代の人々から正当に評価されない例が少なくないものです。

何十年も経ってから時代がその人に追い着き、生前の作品が死後にようやく評価された人物は枚挙に暇がありません。

西洋絵画の分野で現在では最大の巨匠として知られるゴッホも、生前に売れた絵はわずか1枚だけで無名のまま没しており、死後に評価が高まった画家の典型です。

日本の作家でも宮沢賢治はその名を知らない人がいないと言われるほど著名ですが、生前はまったく無名の存在でした。

カフカもまた「変身」を含むいくつかの短編を出版していたものの、生前は名声を得ることのないまま40歳の若さで亡くなっています。

生涯の親友だったマックス・ブロートがカフカの没後に彼の作品を紹介し、現在の名声を得るきっかけを作りました。

カフカは彼に「審判」「城」といった長編作品の草稿をすべて焼き捨てるよう遺言を残していましたが、ブロートが遺言を守らず出版したことでそれらの作品も日の目を見るに至ったのです。

5.現代人の孤独を予見した名作

人間が毒虫に変身するという異常な状況を描きながら、事実のみを淡々と伝える冷静な文体も「変身」の見逃せない魅力となっています。

多様な解釈が可能な「変身」は、100人読めば100通りの感想が残されるような作品です。

カフカの残した作品の中でも長編小説の「審判」や「城」などは断片を含んだ未完成の原稿で、難解な部分も少なくありません。

これに比べて生前に出版されていた「変身」は中編小説としても完成度が高く、現代の読者の鑑賞にも十分に耐える名作に仕上がっています。

20世紀中葉以降多くの作家に大きな影響を及ぼしてきた記念碑的作品として、「変身」の文学的価値は21世紀の今も古びていません。

現代社会に生きる人間の孤独を100年以上前に予見し、日常生活の中に紛れ込んだ異変として寓話化したカフカの発想力には多くの作家が敬意を表してきました。

「変身」は現在でも複数の出版社から文庫本が出されており、書店やインターネット通販で容易に購入できます。

「変身」を読み、現代人の孤独について思いを馳せる

カフカの「変身」が投げかけた人間の孤独という問題は現在も解決しておらず、それどころかますます深刻化しています。

家族や仕事も含めた現代人のあり方を根底から問い直すこの名作は、今の時代だからこそ読む価値があると言えます。

読めば深く考えさせられる「変身」は、次世代にも語り継ぎたい20世紀の文学遺産です。