定年後の旅!平泉・中尊寺(岩手県)源義経の終焉の地で人生の儚さを思う

最終更新日:2017年9月26日

奥州藤原氏が栄えた平安時代末期の寺院や遺跡などが多く残り、世界遺産にも登録された平泉は見所が沢山あります。

また、悲劇の武将源義経ゆかりの場所もあり、一度は訪ねてみたいところです。
景色も大変美しく一見の価値があります。

1.平泉へのアクセス

車でのアクセスは東北自動車道で一関インター、または平泉前沢インターでおり、一般道で向かいます。
JRの場合は、東北新幹線で一ノ関駅まで行き、在来線に乗り換え平泉駅で下車します。

また、飛行機を使う場合は花巻空港がありますから、そこで花巻空港駅から平泉駅へ向かいます。
更に仙台空港を利用する方法もあります。

その場合は仙台駅で東北新幹線に乗り、一ノ関駅で在来線に乗り換え、平泉駅で下車します。
平泉駅からは、中尊寺や毛越寺などへバスが出ていますから、それを利用しましょう。

車の場合は、各見所には駐車場がありますので、直接向かうことができます。

2.平泉第一の見所、中尊寺

中尊寺は850年、慈覚大師によって開山され、1105年から21年をかけて藤原清衡が再興した天台宗の東北大本山です。
この中で、一番有名なのが金色堂です。

藤原清衡によって建立された阿弥陀堂です。
高さ8m、平面の一片が5.5mで、その内外の全面に金箔を張り、柱や須弥壇には蒔絵や螺鈿、彫金などを使い豪華な装飾が施されています。

須弥壇上には阿弥陀如来を中心に多くの仏像が安置されています。
また、須弥壇の内部には、清衡、基衡、秀衡のミイラ化した遺体が安置されています。

中尊寺では、火災で建立当時の建物は消失しましたが、この金色堂だけは焼失を免れています。
この金色堂は現在コンクリート作りの鞘堂で守られ、ガラスのケースの中に納められています。

これは1970年に建造されたものですが、それまで鞘堂として守っていた建物が別の場著に移され保存されています。

3.中尊寺へ向かう坂も趣があります

中尊寺へ向かうためには、案内所から月見坂という坂を登らなくてはいけません。
本堂までは560m、金色堂までは800mとなかなか距離がありますが、ここは表参道ですので歩いて行きましょう。

かなり勾配もありますので少々きついかもしれません。
そんな山道ですから途中に休憩所が設けられています。

ここからは平泉の街が一望できます。
ちょっと休んで、また歩き始めましょう。

途中にはいくつかの子院もありますので、時間があれば立ち寄ってみましょう。
この坂道は、暑い夏でも木立に覆われ、一服の涼を感じることができます。

4.平安時代の浄土信仰を思い、毛越寺へ行きましょう

中尊寺から、少し南に位置したところに毛越寺があります。
こちらは、建物は焼失してしまいましたが、平安時代の浄土式庭園がそのまま残されています。

この寺院は藤原基衡が再興したもので、当時としては最大級の規模を誇っていました。
庭園のみですが、その大きさは歩いて見ると良く解ります。

また、遣水と呼ばれる小川が残されており、現代でも曲水の宴が開かれます。
遣水のほとりに参加者が座し、自分の前を杯が通り過ぎる間に和歌を詠むという平安貴族の優雅な遊びです。

京都では、現代でも数カ所で曲水の宴が行われますが、北の国で今でも毎年行われていることは驚きですね。
藤原氏は泰衡の時に、源頼朝に滅ぼされてしまいます。

その後、歴史の表舞台へ現れることの無かったこの場所が、営々と残されたことにこの地の人々の思いを感じます。

5.悲劇の武将義経の終焉の地

平泉はまた、源義経の終焉の地でもあります。
兄頼朝軍に追われ、平泉まで逃げおおせた義経は藤原泰衡の奇襲によってその生涯を終えてしまいます。

その居館跡に立っているのが、高館義経堂です。
この堂内には義経の像が安置されていますが、なんとも凜々しい姿です。

この姿を見ると、逃げ延びてチンギスハンになったという伝説を信じたくなります。
また、堂の前からは、とうとうと流れる北上川を望むことができます。

義経の無念さを思うとこの川の流れもまた見方が少し変わってしまいます。
この堂は仙台藩4代藩主が建立したものだそうです。

義経の無念さを思いやってのことなのでしょうか。

6.平泉の工芸品と美味しい食べ物

平泉には秀衡塗という工芸品があります。
名前の示すとおり、3代当主藤原秀衡が京より漆器職人を招いて作らせたのが始まりと言われています。

奥州は当時金の一大産地ですから、その金とやはり産地である漆をふんだんに使い美しい漆器を作らせたのです。
この漆器の特徴は、下地が大変丈夫であると言われている本堅地を使っていることです。

更に模様は源氏雲という雲の形と、いくつかの菱形を組み合わせた「有職菱文様」が描かれます。
漆器の種類も沢山あり、最近では小さなストラップなども作られています。

平泉にも漆器店がありますから、覗いて見ると良いでしょう。
旅の記念のお土産として、あるいは自宅での食事の際の食器として購入してみましょう。

お値段もリーズナブルなものから有名作家のものまで千差万別ですから、選ぶのも楽しいものです。
さて、平泉での食事は、もちろんお蕎麦がオススメです。

蕎麦の産地ですから、あちこちにお店があります。
ぜひ味わってみましょう。

また、平泉特有の食べ物があります。
エゴマを炒ってすり、砂糖と醤油で味付けをした後に小麦粉や片栗粉を混ぜて練り、水切りをした後醤油をかけて食べる「じゅうね料理」というものです。

旅のひととき、地元の料理を味わってみましょう。

7.平泉の世界遺産

さて、2011年平泉は世界遺産に登録されました。
遺産の名前は「平泉ー仏国土(浄土)を表す建築・庭園および考古学的遺跡群」と言います。

五カ所が登録されています。
前述の中尊寺と毛越寺はもちろんです。

他には、まず観自在王院跡があります。
毛越寺の東隣にあったもので、敷地の北側に大小2つの阿弥陀堂が建っていました。

その内壁には石清水八幡宮、賀茂の祭り、鞍馬の様子、宇治平等院などが描かれていました。
京都まで行けない奥州の人たちの目を楽しませたことでしょう。

次は無量光院跡です。
こちらは、宇治平等院鳳凰堂を模して秀衡が建立しました。

現在は建物は焼失し礎石が残っているだけです。
そして、最後の一つは金鶏山です。

山頂から平泉全てを見渡せることから中心として意識されたようです。
また山頂には経塚が造営されています。

そのために平泉を守る聖なる山となりました。
これらが世界遺産に登録された五カ所です。

中尊寺と毛越寺以外は建物もありません。
しかし、その敷地に立つと往時の人々の思いを感じることができるかもしれません。

時間が許すなら全て訪ねてみるのも良いでしょう。

8.世界遺産へ追加も検討中

現在登録されている遺産以外にも、多くの遺跡を有する平泉では、世界遺産の追加を検討しています。
藤原氏の初代清衡と2代基衡の屋敷跡である柳之御所遺跡や、坂上田村麻呂が戦勝お礼として建てたと言われる達谷窟などもあり、まだまだ見所は沢山あります。

また、平泉は四季折々に美しい姿を見せてくれます。
春は桜、夏は毛越寺のアヤメやカキツバタ、秋は多くの場所が紅葉に彩られます。

冬の雪も捨てがたいものです。
季節によっていろいろな風情を楽しめる平泉は何度も訪れて見ると良いでしょう。

源義経終焉の地、平泉を訪れてみよう

金に恵まれた北の王国平泉。
その姿を今に止めている建物や庭園に往時を思い、義経の無念に心を痛め、、美しい工芸品で目の保養をし、美味しい食べ物に舌鼓を打って、平泉の旅を終えたいものです。