みなさんは「数式を愛する」ってイメージできますか?もちろん、私たち一般人には到底理解できないですよね。
この物語に登場する家政婦とその息子、ごくごく一般的な親子が博士との出会いを通して数学に惹き込まれていきます。
世間のイメージとはかけ離れた「博士」の人柄と、博士のまわりで起こる奇跡。
数学を通して深まっていく絆。感涙なしには読めません。
1.博士の秘密
家政婦センターから派遣されていった博士の家で、「君の靴のサイズはいくつかね?」「24センチです」「4の階乗ではないか。実に潔い数字だ」という初対面のあいさつを交わします。
食事の世話をしますが、博士は懸賞金のかかった数学の問題を解くのに夢中です。
ふと、かけてある博士の付箋だらけのスーツが目に入り、そこには「僕の記憶は80分しかもたない」というメモがありました。
博士は事故で脳に障害が残ってしまったのです。
当然翌日も「君の靴のサイズはいくつかね?」からあいさつが始まります。
元数学博士で記憶が80分しかもたない。
普通だったらそんな人とは関わりたくないはず。
しかし、博士が話す数学の話や問いかけに家政婦(杏子)と息子は引き込まれていくのです。
2.息子が数学の虜になっていく
家政婦は母子家庭なのですが、ある日博士が「息子はたった一人で留守番しているのか?連れてきなさい」と言い、博士が杏子の10歳の息子に会うと、わが子を抱き寄せるかのごとく抱擁をします。
子どもが大好きな博士の人柄がうかがえます。
博士は息子の髪型の特徴から、ある数学記号のあだなをつけます。
頭の形が平らだから、ルート(√)です。
杏子とのあいさつと同様、ルートも毎日同じあだなを命名されるわけですね。
博士が杏子に電話番号とたずねると、「576の1455です」と答えます。
すると博士は「5761455?1億までの間に存在する素数の数に等しいとは素晴らしい。」
こんな問答が毎日のように続いていくうちに、杏子もルートも数学の虜になっていきます。
3.ロマンチックな数
杏子の誕生日は2月20日の220、博士の時計の裏に掘られている「学長賞・No284」の284。
220と284は友愛数と呼ばれます。
220の約数の和は284、284の約数の和は220。
ラブストーリーではありませんが、2人の穏やかで温かい人間関係が出来上がったことを暗喩するような素敵なシーンです。
ちなみに友愛数を小さい順に並べたとき、最初に現れるのはこの(220、284)という組。
友愛数が無限にそんざいするのかどうかは、今も数学の未解決問題です。
4.博士の好きな野球
博士の記憶は事故を起こした日から進んでいません。
3人での野球観戦を楽しみますが、博士は江夏という選手が大好きなので、「今日も江夏は投げないのかぁ」と落胆します。
とても人間味があり、かわいらしさを感じると同時に、なんだかやるせない気持ちにもなります。
この野球観戦の翌日、博士は熱を出してしまい、義姉から契約を解除されてしまいます。
勝手に連れ出してしまいましたし、嫉妬心もあったのでしょうか。
しかし、やはり杏子が必要だと思い、再び杏子は博士のもとへ家政婦として行くことになります。
ちなみに江夏の背番号は28。
完全数(28の約数1、2、4、7、14を足すと28)です。
博士の身のまわりにある数字は、すべて博士にとって友達だったのかもしれません。
5.ルートのその後
博士の温かい愛情に見守られながら数学に触れたルート。
10歳の頃にこんなに数学と子どもを愛する博士と一緒に過ごしたら、将来どんな道に進むと考えられるでしょうか。
そう、数学の教師です。
学校の勉強よりも、こんな環境に置かれたら数学を絶対好きになれるでしょう。
その美しさを伝えて行きたいと思うのも当然です。
博士はもちろんそんなルートの姿を見て喜ぶこともできません。
それでも数学の教師になることがルートの恩返しだったのではないでしょうか。
数学の美しさがまさに後生に伝わっていく瞬間のように思える場面です。
きっとルートは博士がルートにしてあげたように、生徒たちをやさしく包み、数学の美しさや素晴らしさを伝えていくのでしょう。
6.「博士の愛した数式」とは?
博士が一番好きだった数式はオイラーの公式といって、eのπi乗=-1というものです。
この小説でオイラーの公式について深く入り込むことはありません。
ですがタイトルの「愛した」というのは、このオイラーの公式を含めて身の回りにあったすべての数字や数式だったのだろうと考えられます。
数学という一見凡人が入り込めないような世界に2人を巻き込んで行く博士。
そしてその空気はとてもほのぼのとして温かい。
博士が愛したのはこんな数学の世界だったのではないでしょうか。
難解なテーマをやさしい雰囲気で包み込む小説
この物語の一番の魅力は、その空気感です。
数学というと、とっつきにくいイメージもありますが、数学が嫌いな人でもきっと博士があなたを数学の美しい世界で包み込んでくれます。