定年後に知ろう!『夜と霧』ヴィクトール・E・フランクル(著)極限状態の人間の生きる意味

最終更新日:2017年9月25日

第二次世界大戦では数多くの悲劇が繰り広げられてきましたが、中でも悲惨を極めたのがナチス・ドイツによるホロコーストでした。

強制収容所での過酷な体験を綴った「夜と霧」は、全世界で1000万人以上の人に読まれた名著です。

1.強制収容所での過酷な体験記

20世紀が生んだ古典的名著と言われる「夜と霧」の著者は、オーストリアの心理学者で精神科医のヴィクトール・エミール・フランクルです。

彼はただユダヤ人だというだけの理由で1942年に逮捕され、悪名高い強制収容所に送られました。

有名なアウシュビッツ強制収容所から小規模の支所に移送された後、1945年に解放されるまでに彼は死と常に隣り合わせの過酷な日々を体験します。

その体験を基に心理学者の視点で書かれた著作が「夜と霧」で、出版後は世界で大反響を巻き起こしました。

その累計発行部数は20世紀中の英語版だけで900万部に達し、日本語訳も100万部を超えるロングセラーを記録しています。

世界中の多くの人が「夜と霧」を次世代に残したい偉大な文化遺産と考えており、その人類的な価値は現在も色褪せていません。

近年ではテレビの教養番組でもこの著作が取り上げられたのを受けて、全国の書店でベストセラーを記録したのは記憶に新しいところです。

2.心理状態の3段階を克明に記述

ホロコーストが生んだ世界的名著と言えば、ユダヤ系のドイツ人少女アンネ・フランクによる「アンネの日記」があまりにも有名です。

「夜と霧」は成人男性版の「アンネの日記」のように捉えられがちですが、その内容は単なる体験記の枠を超えて学術的な普遍価値を持つに至っています。

著者のフランケルは心理学者としての透徹した視点から強制収容所での悲惨な体験を記述しており、収容所生活から解放後に至るまでの心理状態を冷静かつ客観的に分析したのです。

その心理状態は第1段階の「収容」と第2段階の「収容所生活」、第3段階の「解放後」に分けられます。

「夜と霧」は3つの心理段階を記述した各章と、序章に相当する「心理学者、強制収容所を体験する」の章から構成されています。

全体を通じて著者は強制収容所での生活状況と被収容者の様子を克明に記録したばかりでなく、自分自身の心理状態をも科学者の目で観察して分析・記録しました。

3.生きる意味の発見

「夜と霧」が不朽の名著と呼ばれる理由は、単なる体験記や学術的な著作の枠を超えた魂の書としての価値を持つからにほかなりません。

強制収容所での過酷な体験を綴った部分だけでも記録文学として必読の価値はありますが、特に圧巻なのは極限状態に追い込まれた人間がいかにして救いを得るかを追求した後半部分です。

3つの主要な部分はそれぞれ見出しのついた章に分かれていますが、「第二段階 収容所生活」の後半部分は最も重要な意味を持っています。

特に「生きる意味を問う」と題された章の前後にはこの著作のテーマが凝縮されており、過酷な体験を通じて著者が達した境地が窺える部分です。

多くの被収容者が希望を見失って命を落としていった中で、身も心もボロボロになりながらも著者フランケルは結果的に数少ない生還者の1人となりました。

それは彼が最後まで希望を失わず、生きているかどうかも不明だった妻への愛に加え、医師としての使命を心の支えとして過酷な生活に耐えてきたからだと言えます。

4.心理学者としてホロコーストから生還

著者のフランケルはフロイトやアドラーから精神医学を学び、ウィーン大学医学部精神科教授やウィーン市立病院神経科部長を務めていたほどの人物でした。

そんなフランケルが家族とともに強制収容所に収容されたのは彼が結婚してまだ1年も経たない頃の出来事で、両親と妻は収容所生活の中で命を落とします。

実はフランケルが収容所に送られる1年ほど前、彼は1人だけアメリカに亡命できるビザを入手していました。

しかしながら敬虔なユダヤ教徒でもあった彼はその教えに従い、家族と共にウィーンにとどまる道を選びます。

結果として家族全員が収容所送りにされ、フランケルは愛する両親と妻を失って自分自身も死と隣合わせの過酷な体験を味わう羽目に陥ったのです。

家族の中で自分1人だけが生き残るという悲惨な体験を乗り越え、解放された後もフランケルは精神科医・心理学者として長く活躍してきました。

その著作も多くは自らの専門とする精神医学の学術書ですが、「夜と霧」は一般の人に向けて平易に書かれた本です。

5.人生で一度は読むべき名著

「夜と霧」の日本語訳は1956年に初版が刊行されましたが、原著者フランケルが1977年に改訂版を出版したのを受け、2002年には新版の翻訳も書籍化されています。

現在は旧版と新版ともに書店などで入手が可能で、近くに書店がないという人でもインターネット通販などを通じて購入が可能です。

強制収容所での体験と言えば現在の平和な日本では想像もつかないほど異常な世界のため、読むのが怖いと感じる人も少なくないと考えられます。

一方で「夜と霧」が追求した「生きる意味」というテーマは、現代の日本人にも決して無縁ではありません。

人権や人格を否定された悲惨な生活という極限状況下で、いかにして救いを得られるのかというテーマを「夜と霧」では徹底的に考察されています。

状況や程度に違いはあっても、同じように「生きる意味」を喪失しかかっている人は現代の日本にも少なくはありません。

人間の持つ精神の気高さを極限状況下において示した「夜と霧」は、人生で一度は読むべき名著として不朽の価値を持つのです。

これまでの人生を振り返りながら読む「夜と霧」

第二次世界大戦の悲惨な歴史もすでに前世紀の彼方に遠ざかったせいか、現在の世界情勢を見ると平和への希求意識も20世紀後半ほど支配的でなくなりつつあります。

人間の生きる意味が改めて問い直されている21世紀の今だからこそ、ホロコーストという20世紀最大の悲劇が生んだ古典的名著「夜と霧」が日本でも再評価されているのです。